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タイトルからすると、そのものズバリの

のほうを参照すべきなのだが、

  • 町田佳世子(2000)「英語教育カリキュラムにおける文法教育の位置と内容:言語的コミュニケーション能力の形成を目指して」『カリキュラム研究』9: 103-120.
を紹介しておく。前記事のリストに挙がっている菅野(1983)の検討に基づいた考察など、まさに文法教育の位置と内容を考える上で今でも有効な視点を含んでいるものと考える。

実は夏前ぐらいにゼミでこの論文を検討した際に、学生へのフィードバックとして示した文章の一部。お世話になった先輩の論文なので逆にキンチョーしなくもない。

町田(2000)の目的は,「言語的コミュニケーション能力の考察をもとに,…(中略)…カリキュラム全体における文法教育や言語活動の位置を明らかにすること」(p.103)である。「コミュニケーション能力」という言葉の曖昧さが混乱を招いている側面はあるものの,英語教育の目的を,ひとまず「英語での言語的コミュニケーション能力の形成」と設定する。学習指導要領の文言・解説に則った「コミュニケーション活動」を考えることがその目的とイコールと考える者もいる。町田(2000)はこのような立場を取らず,「言語的コミュニケーション能力とはどういうものか」という原理的な考察から始める。

その際,考察の視点として,まず学習指導要領(1998、1999年版)およびそれに沿った立場の問題点が指摘される。つまり,「実践的コミュニケーション能力」を目標に掲げる一方で,学習指導要領では「どのような知識を獲得すればその(=学習指導要領が挙げている)ような活動ができるようになるかがはっきりしない」。町田(2000)は,このような「言語活動に必要な限りにおいて」「言語材料を教える」立場では,「文法能力の形成を文法自体の体系に基づいた内容や配列で」行うことが難しいと指摘する(p.104)。

どのように抽象化しても,「コミュニケーション」というきわめて複雑な事象を可能にする能力のモデル化には限界がある。町田(2000)は,この分野の嚆矢となったCanale and Swain (1980)を始めとして,Canale (1983),Bachman (1990),Bachman and Palmer (1996)が分析的に捉えている能力の特徴を検討する。これに基づき,言語的コミュニケーション能力を「文法,テクスト形成,言語機能,社会言語学的知識からなる言語知識」と,「それらの知識をコミュニケーションに関わる他の要素と関連づける働きを持つストラティージックな能力」からなると仮定する(p.106)。

町田(2000)は,英語教育のカリキュラムに「言語知識形成の部門」と「ストラティージックな能力形成の部門」を設けることで,上述の学習指導要領に見られた問題点の解決を試みる。言語的コミュニケーション能力の各要素に「その領域の固有の体系によって」,「各知識間の関連性も考慮した」教育内容を編成するという立場を取るのである(p.106)。言語知識の形成とコミュニケーション活動(言語活動)を別に行おうとするこの立場は,一見すると,これまでの英語教育においてよく見られたものである。しかし町田(2000)の特徴は,菅野(1983)の「言語活動もどき」という概念に基づいてコミュニケーション活動(言語活動)の性質を2つに区別することで,「何もかもを言語活動の中に詰め込む」という状況を回避する提案を行っていることにある。

町田(2000)は,冠詞体系の指導の具体的な授業プランおよび実践を通じて,上述のカリキュラム構想の内,文法知識形成の領域の内容について論じている。

まず,言語学的研究成果に基づいて,5つの冠詞(zero, some, a , the, null)の体系が,「Locatability(名詞句の支持対象の所在を話し手と聞き手の共有集合に見いだすことができるかどうか),Inclusiveness(包括的に指示をしているかどうか),Limited Extensivity(指示作用が及ぶ範囲に数量的な制限があるかどうか),Count(countかmassか)の4つの対立軸」からなるとする(p.109)。ここから,some, a, theの「意味の違いで最も重要なのは,theが総体またはすべてを指示するのに対し(+inclusive),a, someは,語用論的原理がとくに働かない限り一部分を指示する(−inclusive)こと」であり,「このInclusivenessの軸での対立を理解することがthe, a, someの意味の理解の第1歩であり,また最も重要なステップ」だという教育内容構成論に至る(p.111)。

授業プラン『英語の冠詞が使えるようになろう』は,それをさらにいくつかの観点から細分した問題によって構成され,「『theは特定されているものに使う』とはどういうことか」を考えさせる問題へと続いていく(p.114)。後編の『見えなくて聞こえない冠詞』では,zero冠詞(名詞の前に冠詞を付けない状態)を,トイレの男性・女性の表示等,前編で取り上げた冠詞とLimited Extensivityの対立軸で対比させる問題を出題している。従来の指導で十分に扱われることは少ないzero冠詞を,一連の体系的指導の中に位置づける可能性を示したことは大きい。

最後に町田(2000)は,短大の少人数クラスでの試行的実践について報告している1)。授業の様子の録音テープ,感想文,配布プリントから一人ひとりの認識の変化を丹念に追い,

  • a)    6年間の中等英語教育で得た冠詞の知識は,「それとわかるもの,限定されているも  のにはtheを使う」「1つのものにはaをつける」ということ。
  • b)    the+単数名詞(例えばthe flower)の指示対象は数が明確ではないと考える。(後略)

という学習者の授業前の,ある面で誤った知識の状態を確認する(p.116)。冠詞体系の指導においては,中学校段階で,a)とb)の認識に終わらない授業プランを作成・実践することが重要だということが分かる。同時に,授業を通じた認識の変化や学生の感想文から,「1つ1つの冠詞の意味をその都度ばらばらに積み上げていくという教え方では,冠詞のほんとうの意味を理解することはでき」ず,「文法教育そのものが文法の大系を反映すること」が重要だと述べる(p.116。町田(2000)が,終始「冠詞の指導」と言わずに「冠詞体系の指導」としていることにも注目されたい)。

1)    町田佳世子(1999)「英語の冠詞体系の指導過程」『北海道大学教育学部紀要』79: 31-67.では,短大生・高校生に対する指導過程がより詳細に分析・報告されている。