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いま所有しているほとんどのマンガは研究室に置いてある。どれもオススメのマンガで、訊いてくれれば司書よろしく案内するのだが、目録もないし、奥の方の作品はけっこう埋もれている。そこで、毎週ひとつずつ、研究室所蔵マンガを紹介していくことにする。

こういう場所でジョジョを語ることはもう難しくなった。ジョジョを一度も読んだことのない人ですら「だが断る」とか「メメタァ!」と叫ぶ時代だ。ブームとなってあらゆるメディアに広がり、ググれば腐るほどのジョジョ語りや引用、パロディを目にすることができるだろう。だが、ジョジョの奇妙な大学教員である以上、ジョジョから始めないわけにはいかない。

連載が終了している作品のほうが語りやすいのだが、ジョジョに関しては敢えて連載中の第8部——と言っても、それまでとの連続性はそれほどないのだが——『ジョジョリオン』を取り上げる。概要はこちらを参照されたい。

『ジョジョの奇妙な冒険』全体の解説にある通り、ジョジョ全体を一言で表すとすれば「人間讃歌」であり、作品中の「名言」を集めた『ジョジョの奇妙な名言集』の解説で中条省平が述べているように、ジョジョはこれまで「〈超越〉をめぐる長く多面的な遍歴譚」として展開されてきた(p. 183)。第1、2部では特に肉体において「人間を超越するもの」との対峙が主題となり、第3部以降は時間や運命や空間の超越に向かう登場人物たちの精神の力が「スタンド」として描かれてきた。

作品が進むにつれスタンド能力はどんどん複雑になり、第6部連載中も「何が起きているのかよくわからない」という声がよく聞かれた(これは著者にとってはおそらく褒め言葉)。だからジョジョが「不可解」であることは別段驚くことではないのだが、件の『ジョジョリオン』は、とにかくブッ飛んでいる。これまでと比べて物語の目的、ゴールが明確ではないこともあり(冒頭に「『呪い』を解く物語」だという予言めいた導入はあるものの)、3巻ぐらいまではワケが分からないし、6巻まで辿り着いた今も分からない。ジョジョ未読者が『ジョジョリオン』から入るのはかなり無謀だろう。だから、『ジョジョリオン』を紹介すると言っておきながら、実は「未読者は第1部(あるいは第7部)から読みなさい」ということを言わんとしていたりする。だが私としては、全く先の展開が読めず、第8部に至ってなおいっそうこちらの期待を裏切ってくれるジョジョはスゴいィィ!と唸らずにはいられないのだ。

スタンドに関して一つ興味深いのは、これまで登場するスタンドの大半は、精神エネルギーを拳や銃などの形でぶつけたり、時間を止めるとか触れたものを(見えない)爆弾に変えるとか、モノを柔らかくしたり至る所をジッパー化したりといった、あんなこといいなできたらいいな的な(物理的・妄想的)「能力の拡張」だった。『ジョジョリオン』には、「能力の欠如」というか、もっと内面の細かいところで、人の見え方・感じ方を欺くタイプのスタンドが次々に登場する。

たしかに、世界が一巡りして個人の内面の成長にフォーカスが戻ってきた第7部にもそういうキャラクターは見られた(シュガーマウンテンとかシビル・ウォーとか、スタンドではないがウェカピポのレッキング・ボールとか)し、第4部にも人の心の弱さにつけ込むスタンド(ザ・ロック)は出てきた。しかし、『ジョジョリオン』ははるかにブっちぎりの不可解さで、「高速で滑らされているのに気づかない」とか「他人の顔が全て同じように見えるのだが何が原因か分からない」とか、基本的に、そもそも誰かからの意図的な攻撃なのかさえ登場人物には分からない(が、明らかに異常過ぎるゥ!という)状態から話が展開して行く。スタンドが初めて登場した頃は、そのキャラクターの心身の「こだわり」や信念のようなものがスタンドとして発現するという解釈で良かったが、『ジョジョリオン』はもはやそんな次元では片付けられないところまで来ている。「スタンド」を生み出し、人口に膾炙するまでにした作品自体が、もともとのスタンド概念から離れて行く。それもまた面白い。

絵柄も——ある部分は意図的に——変化している。専門的なことは分からないが、『ジョジョリオン』では線が太くなり、動きやポーズがより大胆かつ自由になった気がする。

To be continued…