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[雑感144] 模擬授業の生徒役割カードのその後

[雑感144] 模擬授業の生徒役割カードのその後

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先日、長い付き合いの大学の後輩から「教職志望者をつなぐ会」」なるものがあることを聞き、素直に嬉しくなる。そして、その後輩の学部を超えた後輩(いわば孫後輩)が現在サークルの中心となっていて、その後輩が教えたわけでもないのに、私が以前作成した「生徒役割カード」を見つけてくれたそうだ。まさに「ありがた山でありんす」で、こういうのは素直に嬉しい。

それで後輩から、「作成者・使用者として意識していることを述べ伝えよ」というリクエストをもらって、書き出してみたのが以下の返信(一部、修正)。端的に言えば、(1) 事後の振り返りが重要で、(2) ずっと使い続けるものではないと思う、という話なのだが、参考までにここでも共有。

(0) 基本的な考え方

このカードはもともと、私がふだん接している、英語の教員免許を取得しようとしている学生向けに、「あなた方の英語(の受容や産出)に対する感覚や、できること・わかることは(特に公立学校の)多くの児童・生徒にとっては必ずしも当たり前ではないんだよ」ということを意識してもらいたくて作ったものです。相対的に同質性の高い集団が集まると、その感覚を前提として模擬授業が進んでしまうところがあるので、少しでも教室内の多様性を再現しようとした(生態学的妥当性を高めようとした)取り組みとまずは言えると思います。

異なる教科や異なる大学の学生が集まっている環境では、その時点で多様なので、上記のようなことは気にしなくてもいいかもしれませんが、進んで教職課程を履修するぐらい意欲があり、進学校で学んできた感覚を共有している可能性が高いという点で、その「当たり前」をいくらかでも崩す役に立つのであれば嬉しいです。ぜひ使ってみての感想を聞かせて下さい。

もう一つ、学生に「実際の生徒はそんなにいい子ばかりではない」と声をかけると、必ず、必要以上に幼い児童・生徒や、必要以上に(チープな学園)ドラマがかったnaughtyな生徒になろうとする学生が現れるので、その解像度の粗さを補正するねらいがあります。

模擬授業はあくまで「模擬」なので(自動車の教習所で、連休中の大渋滞に耐えられるかどうかを試す路上教習をする意味は薄いのと同じように)、基本的なところで崩壊しているような教室環境を作ることに目的があるわけではありません。そういう意味での児童・生徒理解に関わるあれこれは、教育実習で、あるいは教員になってから実地で経験すべきことで、模擬授業でこそできることに集中してもらいたいという思いから生まれたカードです。

具体的には、全員が積極的だと、先生役が自分に近い位置の生徒役とばかりやり取りしていても授業に支障はきたしませんが、「振られるまで大人しい」、「退屈だとやや消極的」という生徒役が混ざると、なんとなく盛り上がっていない場所ができるので、そういう様子の生徒役にまで目を配り、教室全体を巻き込む授業が展開できるかを意識しやすくなることが期待できます。

「不安を感じたら隠さない」生徒役は、指示や解説が分かりにくければ授業を止めて説明を求めますし、例えば英語の現在進行を教えようとする先生役が「教科書の本文に”-ing”を見つけたら丸をつけてみて」とお願いすると、「間違う」生徒役がmorningやinterestingに丸をつけてくれたりします。英語に関して「優等生」だった学生たちは、そのままだと「分かってしまって」いるので、morningをこの場合の-ingの対象だとは思わないわけです。でもこの指示だと当然丸をつける生徒は現れる。そして訊かれると困ってしまったりする。

いつもそううまくいくわけでもありませんが、模擬授業を、そういう状況や展開に対して先生役がどう振る舞うかが問われる経験にすることが期待できます。

(1) 事後の振り返りが重要

ただし私自身は、このカードがより大きな意味を持つのは、模擬授業そのものよりは事後の振り返りだと考えています。つまり、模擬授業が現実に近づくこと以上に、「自分はこれこれのカードを引いた。そういう生徒は、あの部分では、こういうふうに感じるのではないかと思った」、「と思って、こう振る舞ってみた」等々、生徒役の内省を言語化・共有し、それを吟味することが肝要で、それが、その生徒役が後に授業者を務める際の解像度をあげる(し、集団としての目線も引き上げていくことにつながる)と考えています。

私は、渡辺貴裕さんの「対話型模擬授業検討会」の(コルトハーヘンのALACTモデルの)枠組み(渡辺 (2019)などを参照)を借りて、教師と生徒のDO(授業の事実)を確認し、そこでのFEELをできるだけ多く引き出すことを重視した協議会を学生主導で行なっています。生徒役としてなぜその言動をしたのか(DO)、それでどう感じたのか(FEEL)を語る際に、生徒役割カードで引いた役割が関連するのであればそれを絡めてもらうようにしているというわけです。

尤も、これは最初から意図していたことというよりは、他者の授業をすぐに批評してしまうのではなく、生徒・教師役として感じたこと、考えたこと、したかったことを出し合って授業を語ることを重視する対話型模擬授業検討会がある程度回り出した時に、生徒役割カードとつなげる発言が学生から自然と出てきて気付かされたという感じです。その学生のふだんの振る舞いとギャップがあるような役割を演じた場合、そういう(ある意味でのエクスキューズ的な)発言が引き出されやすくなるということがあると思います。

その意味で、模擬授業参加時に「生徒としてどう振る舞うべきか」をメタ的に意識させるカードですから、素直なFEELを失わせてしまうリスクはあるかもしれません。模擬授業参加時に(a)生徒として没入し切るのがいいのか、(b)参加する肉体をそこに置きつつ、幽体離脱的にその生徒役としての自分を俯瞰する視点を持つのかいいのかは私もまだ確たる答えを持っていませんが、私自身は模擬授業を行う科目ではどのみち事後の協議のためのメモを取りながら参加してもらっているので、後者の立場を選んでいると言えます。その際に模擬授業時はあれこれ脳内で考えを巡らせながら参加してもらうのがいいと思っていて、事後にそれを言語化してもらいたいと思って協議会を大事にしているという次第です。

(2) ずっと使い続けるものではない

使ってみたら、学年によって多少のバラつきはありますが、私が予想した以上に学生が気に入ってくれて、私が用意する前にリクエストが出たりするのですが(例えば、貼ってくれたリンクの記事[上記リンクの私の記事]の科目で言うと、課題を洗い出すための火曜の模擬授業では私はこのカードは使わなくてもいいと思っていたのですが、導入すると学生たちは毎回使いたがる)、いずれ卒業すべきものだとも思っています。

その理由は大きく2つあって、1つは、生徒役割カードに記載されているような学習者の多様性をある程度内面化できたのであれば、あとはそこから自分なりに、こう感じる生徒もいるのではないか、こう思う生徒がいたらどうするかと想像を拡げていくべきだということです。つまり、実際の教室環境や集団のダイナミズムはもっと豊かで複雑なのであって、生徒像についてあのカードの分け方やその幅に捉われるべきではないということですね。

もう一つは、作った際は意識してなかったものの使い始めてより根本的な問題だと感じるようになったことですが、生徒役割カードで演じている生徒(像)が、生徒役を務めている学生本人とは異なる(ことがある)ことに伴う問題です。「演技」が逆に生態学的妥当性を下げ得る問題と言い換えてもいいでしょうか。

当たり前のことではあるのですが、各学生がどういう生徒役割カードを引いたかが教師に開示されないので(仮に全員分、開示されたとしても教師役がその全てを把握するのは難しいでしょう)、教師役は、今日の模擬授業環境にどういう生徒たちがいるのかを授業を進めながら判断しなければなりません。しかし現実の教室では、出会って間もない時期でもない限り、各生徒のプロファイルを全く持たずに授業をし続けるということは考えにくいわけです。

これは、教師役が「Aさんはこういうタイプだ」という期待をもとに働きかけたのに、引いていた生徒役割カードが真逆のタイプでうまくいかなかった、というような様子を見て気づいたことです。『鈴木先生』第7巻に描かれているようなこと(茂木助教授のメッセージ)も考えたほうがよい、と少なくとも私が今置かれている環境では思うようになりました。

教職課程を履修する学生とは、英語科教育法から教育実習の事前事後指導にあたる科目まで、1年半〜2年間の時間を共にするのですが、半年〜1年で4〜8単位を経験した後は、お互いの性格や好き嫌いもだいぶ見えているので、生徒役の解像度がそれなりにあがっていることを前提として、むしろその「つき合い」から模擬授業中の振る舞いを予想したほうがいいと考えています。そして事後には教師のそういう見取りや見立ても言語化したほうがよい。なので私の場合は、3年後期から徐々に離れ始め、現在行なっている、4年生の教育実習の事前指導における模擬授業では全く生徒役割カードを使用しません。学生からも使いたいという声はあがらないので、うまくいっているのだと思います。

参加するメンバーが固定的でないとすれば、サークルではそれほど問題にならないことかもしれませんが、参加者が持ち込む現実の関係性もまた(模擬)授業内の関係性を構成する要因となり得る(場合によってはそれを考慮に入れることのほうが大事)という意味で、お伝えしておきます。

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