[雑感058] どうせならDID-ITリストを作ろう


「CAN-DOリスト」の主語は何かと考えることがある。当然ながら、元のCEFRの”can do” descpritorsの主語はI、つまり一人ひとりの学習者なのだろうが、文科省・自治体教委が各学校に作成を求める場合、その主語は二人称複数のyouではないかと思われる場合も少なくない。YOU-CAN-DOリストは、「許可」の意味ではさすがに無いとしても、多様な生徒の能力がそう簡単に、またその全てにおいて”can do”の形で推測できるわけもない。3年間の指導計画に添って作る際、教科書や試験と噛み合わせて作ろうとするためにどうしても「YOU-HAVE-TO-DOリスト」の色合いを強めてしまう。肝心の生徒が”I must”はおろか”I have to”とも思えていないまま押し付けられれば、「THEY-SAYリスト」となってもはや他人事。各学校も言われてWE-DON’T-WANT-BUT-THEY-SAY-WE-HAVE-TO-DOリストを作ってみるも実用に耐えず、いわゆる「神棚CAN-DO」としてお蔵入りとなった例をいくつも見聞きしてきた。さしずめ「GOD-KNOWSリスト」。主語が神であれば本人は全知全能なのかもしれないが、できもしないことを他人に無理にさせることは神にもできない。

「I-CAN-DOリスト」に立ち戻ると、canを使っているだけに、その種のことを「やろうと思えばいつでもできる」という、単なる個別の行為を超えた潜在的能力として言語行動を列挙しているのだろう(このことは意外に丁寧に論じられたり受容されたりしていないように思う)。主語がyouの視点で各学校が作るものを考えると、WE-HOPE-YOU-CAN-DOリストというわけだ。We hopeならまだ良いが、上で「HAVE-TO-DOリスト」と言及したように、身につけてほしい潜在的能力と結びつけた形でなく、単に授業で課すことの整理で終わっている場合、悪くすればWE-WISH-YOU-COULDリストとなって残念な気持ちしか残らない。私が研修等で、「体育の、あの、すぐテストをしてできないことを確認して次の種目に行ってしまうだけというのと同じCAN-DOなら無意味」と話すのはこのWE-WISH-YOU-COULDリストだ。

だったらいっそ、「できた」と言えようが言えまいが、英語を用いてしたことを「DID-ITリスト」として残していくほうが良いのではないかと思ったりする。それがまさにポートフォリオの考え方なわけだが、これであれば、主語がIであれyouであれ、なんらかの形で英語を用いた事実の認定だから、上のようないびつなねじれは招きにくいのではないか。

出張で2週間、カナダ・アルバータに行った。先日のLET全国2018のパネル・ディスカッションで「学生より私のほうがよっぽど英語を使っているかもしれない」と述べたが、例えば、以下のようなことが今回のDID-ITリストに並ぶ。

  • 1. 現地コーディネーターと空港で落ち合い、バンとタクシーに分乗して学生を大学まで連れていく
  • 2. English Language Schoolの担当者と交渉して、毎週のイベントを紹介するpodcast動画のアドレスをもらう
  • 3. モニターと呼ばれるEnglish Language Schoolのスタッフとダウンタウンおよびキャンパスのツアーをしたり、Conversation Clubに連れていってやり取りしたりする
  • 4. English Language Schoolのディレクターたちと食事する
  • 5. 大学図書館で貸し出しカードを作る
  • 6. 州議事堂のガイドツアーに参加する
  • 7. 大学内の薬局で肩こりの症状を説明し、湿布を買う
  • 8. 銀行で円をカナダドルに両替する
  • 9. Fort Edmontonの映画館で上映途中から忍び込ませてもらう
  • 10. 宿泊している大学寮の部屋やランドリーの問題について、フロントに事情を説明して解決する
  • 11. 寮の清掃の人と、反応しない自販機をなんとかする
  • 12. 寮の廊下で深夜までうるさい人たちを注意する
  • 13. 列車のホームで道を聞かれ、目的地までのルートや乗り換えを案内する
  • 14. バス停で待っている人に話しかけられ、バスが来るまで世間話をする
  • 15. 空港タクシーを予約し、場所について電話でやりとりし、インド系移民の運転手さんと空港まで世間話をする

今回のDID-ITリストは、その性格に応じて3グループぐらいに分けられる。1〜4は、事前に準備をしていたということはないものの、仕事の一環なのでまあまあ想定の範囲で、流れに身を任せる中で英語で対応したというもの(2は、自分で思いついて学生のために勝手にやったことだけど)。5〜9は自ら意図して行ったこと(9は意図してというよりは映画館の人とやり取りした結果そうなったという感じだが)で、したいことを英語で実現したこと。自分でも興味深い形で運用能力が試されたと思うのは、4を除けば、よくある旅のトラブルも含め、意図せず発生した10〜15だ。

YOU-CAN-DOリストで当て所もなくできるできないを論じるよりは、こうして自分のDID-ITを増やしていって、それぞれで用いた言語表現や言いたかったこと、理解できたこと・できなかったことを振り返るほうがよっぽど身になる。そして、英語圏で経験できるようには容易ではないにせよ、生徒たちが(心にであれ明示的にであれ)記録したいと思えるDID-ITのリストを、授業内外でどうやったら豊かにできるかを考えるほうがはるかに稔りが多いのではないか。

1 Comment

  1. 素晴らしい視点で同リストのそもそもの概念を解き明かしているエッセイだと思いました。もやもやしたものが(自分の中で)言語化された瞬間でもありました。ありがとうございます。

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