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故あって『高校生のための文章読本』を読んでいる。高校生の時はまだ物心が付いてなかったから,仮にこれを手にする機会があったとしても字面をなぞるだけだっただろうが,いくらかマシになった今だと,パッションといい構成のバランスといい,なかなかヒシヒシ伝わってくるものがある。

例えば,冒頭のモーパッサンの一文。

――才能とは,長い期間にわたっての忍耐にほかならない。――大事なことは,表現したいと思うものは何でも,じっくりと,十分な注意をはらって見つめ,まだだれからも見られず,言われもしなかった一面を,そこから見つけだすことである。どんなものにも,未開拓の部分は必ずあるものだ。なぜならわれわれは,周囲のものを眺める場合に,自分たち以前にだれかが考えたことを思いだしながらでなければ,自分たちの目を使わないように習慣づけられているからである。どんなに些細なもののなかにも,未知の部分が少しはあるものだ。それを見つけ出そうではないか。燃えている炎や,野原のなかの一本の木を描くにしても,その炎や木が,われわれの目には,もはや他のいかなる炎,いかなる木とも似ても似つかないものに見えてくるまで,じっとその前に立っていようではないか(稲田三吉訳,梅田ほか編 1986: 3)。

最近,立ち止まって考える時間が足りないと感じていたので,前後も含めてグサッときた。

こうした名文だけでなく,一連の「手帖」がアツい。

久々の授業で,思いの外というか,やはりというか一息ついたらなんだかグッタリ。切り替えも兼ねて,散らかり気味だった手元の論文や資料をぐわっと整理した。プリントアウトして汚しながら読みたいタチなもので,紙は一向に減りません。