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今年の3月に調査でイギリスに行った。こちらの記事で手に取った文献の簡単な報告をしたが、その内の一冊、

を読み始めた。

調査の報告も兼ねて、夏休みの間にPGCE (Postgraduate Certificate in Education)を中心に外国語教員養成についてまとめようとしていた。しかし、PGCE導入の歴史的経緯や他の教科についての国内の先行研究を読んでいる内に、もっと文献・資料を読み込んだり現地で実態を見たりしないと不全感の残るものしか書けないだろうという結論に思い至った。

私が考えたいのは、大学院レベルの教員養成課程カリキュラムはどのようなものであるべきかということ。特に、現行の教職大学院で力を入れている学級経営や生徒指導といったことではなくて(それが重要ではないとは全く思わないけども)、教科指導にかかわる部分である。平たく言えば、何をどうやったら、修了して英語教師になった院生が「大丈夫、大学院で勉強してきたから!」と思えるかを考え、授業や環境を少しでも良いものにしていきたい。

集めた文献をざーっと見るだけでもこの10年ぐらいの変化は感じることができたのだが、ちゃんと検討する文献として最初に選んだのがPachler, Evans, and Lawes (2007)。この本についての前書き(About this book)が、どこかの日本へのメッセージのような気もしたので、訳してみた(まあまあ意訳なので、気になる方は原文を確認してください)。

過去10年,15年の間に,外国語(FL)教師の初期の専門的能力の開発を支えることを目的とした文献は著しい成長を見せている。こうした文献の大半は,有資格教員(QTS)の判断理由として政府によって課された資質や基準,現代外国語に対するナショナル・カリキュラムの要求,外国語教育・学習の質を改善することを表向きのねらいとした政府主導の他の取り組みを参照枠組みとして取り上げている。このアプローチは必然的に,内容の性質や,そうした本が前提としている仮定や原理をある程度あらかじめ規定するものとなる。政府の要求を全く無視するわけではないが,われわれが試みるのは,それを脇において外国語教育・学習,そして外国語教師の専門的能力について学術的に考えることである。本書は,第二言語習得(SLA)や外国語学習(FLL)の国際的研究の知見を活用する。われわれは,イギリスの文脈に言及しはするが,国境を越えた幅広い読者に向けて,外国語の教授に対して原理的で証拠に裏打ちされたアプローチを推進することを目標としている。

教室で何をすべきか,それをどうやるべきかということ以上のことを知ろうとしていて,実践を裏づける諸理論・諸原理を理解することを望んでいる外国語教師がいる。本書においてわれわれは,彼らにとって必須の専門的知識の諸領域をなすと考えるものを一冊にまとめる課題に取り組んだ。それゆえ本書は,当該分野の専門的文献や教授上の文献だけでなく,外国語教育・学習の両方についてある程度知識を持っている読者向けの,一歩進んだ外国語教育入門とみなされるかもしれない。

イギリスにおける,学校成果(school effectiveness)という政策の旗の下での,外国語の内容・方法に対する中央からの指示の拡大に対して,本書は,外国語教育に関わる知識基盤を概念化する別の方法を探る。無論それは,教科の知識と関連分野に関する政府に承認された解釈に用心深く並べるためではなく,それに異議を唱える見解を提示し,単に体制に順応して実施するのではなく批判的議論に開かれたものとして政策と実践を見るよう読者を励ますためである。真の専門家は,政府の政策やその問題に対する他の方法論的・教育学的アプローチを疑いもせず受け容れたりせず,実践経験と,理論的・概念的知識,そして注意深く考え抜かれた専門的諸原理の揺るぎない基盤に裏打ちされた判断をしようとするのだとわれわれは論じるつもりだ。とりわけ,教師の専門的能力の開発に対するこのアプローチがまさに外国語教師の優秀さを保証することになるという強固な信念のもと,批判的取り組みの精神と外国語教育・学習に関する相反する見解についての議論を新人教師に伝えることに努めたい(pp. vii-viii)。

これが前書きだけのカッコつけで終わらないことを願いながら、ワクワク読み進められそうだ。

Standing on the shoulders of giants … tremblingly.