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遅きに失した報告ではあるが、6、7月に共著の新刊を2冊上梓した。

期せずして2か月連続での出版となった。どちらも複数年に渡るプロジェクトの結実であり、その意味で個人的に非常に感慨深い。

高校英語授業を知的にしたい』は、研究成果公開促進費の申請も含め、自費出版も覚悟の上で準備していただけに、このような実践報告中心の、大部の本を商業出版物として世に出すことができ、しかも比較的好調な売れ行きであることには驚きすら覚える。

惜しむらくは私自身が(原稿を出す頃に多忙で)実践報告を出せなかったことだ。その分、編者の一人として微力ながら、全ての(草稿・校正段階の)原稿を可能な限り読み込みコメントをし、第11章「これからの大学入試が求める英語力」を書き下ろした。関連する政策動向の整理という、私としてはあまり経験のないことに挑戦した(昨年は中部地区英語教育学会和歌山大会のシンポジウムもあったので、そういう年だったのかしら)。この章の冒頭で、

(中略)英語教師の多くはややもすると風見鶏、あるいは風に流される風船のように、断片的な報道と文言にいたずらに不安を煽られるか、実際に火の粉が降ってくるまでは自己の実践とは無関係なものとしてやり過ごしている現状があるように思われる。英語教師は教育政策の動向に右往左往するのではなく、生徒を送り出す側の責任として、この「入試改革」においてどのような英語力が求められているかを冷静に分析・把握しておくべきではないだろうか(p. 286)。

と煽り気味に書いたが、これは多忙な教師により多くを求めようとしたものではない。松下佳代先生がかつてPISA調査(のもたらす影響)に対して言った「飼いならす」と同様の意図で、「(英語)教師よ、もっとクレバーに怒るべきではないか」というメッセージを込めたつもりだ。第12章と併せて読者のご批正を仰ぎたい(私自身は第12章を見るたび、その元となった研究で3626問に解答し、入試問題が夢にまで出てきた日を思い出すのだが…)。

実践編のどの先生も、また本書に寄稿はしていないが元のプロジェクトで教材や実践を紹介してくれた先生がたも皆、授業づくりに(良い意味で)決して飽き足りることなく、実践に楽しさを見出し挑戦し続ける人たちである。定価が高くなってしまったのは申し訳ないところだが、指導案や生徒の感想をできるだけ多く紹介できたことに満足している。本書を通じて、ここで紹介されている実践結果の「再現性」や教材の「有用性」以上に、私の授業観に大きな影響を与えてきた先生がたの実践の魅力が少しでも伝われば幸いだ。この先生がたと共同研究ができたことは本当に私の財産だし、今の私の授業やゼミ、現場との共同研究に繋がっている。

『高校英語授業を知的にしたい』の元となったプロジェクトは三浦先生なくしては始まらず、本としての結実もなかったと心から思う。本書の売れ行きの前に驚くべきは三浦先生のバイタリティと行動力であり、編者としてもその力にすっかり頼ってしまった。その一方で、『はじめての英語教育研究』は6人全員で書いた!という実感が本当に強い。「はじめに」にある通り、責任担当章はあるが、草稿の段階から全員が目を通して全体の内容から個々の表現・語句に至るまでコメントをし、校正段階でもそれを繰り返した。メールもたくさん書いたし、先輩にハッパもたくさんかけた。もう一度やれと言われたら誰かが泣き出すかもしれない。

確かに、第2章は大半が私の文章だし、第5章は髙木先生以外の人が書けるとは思えない。だが、第2章には私以外の5人のコメントや修正がそこここに反映されており、私が最初に書いた草稿の何倍も読みやすく仕上がっている。他の章についても、どれが採用されたのか覚えていないぐらい互いにコメントをし合った(第1章と第6章に段落単位で私が加筆した部分があるのでぜひ著者推定してもらいたい)。このメンバーだからできたことである。

研究法や統計に関しては優れた入門書が多くあるが、そこで挙げられている例が英語教育に関するものでなく、授業で紹介してもなかなか学生が自分の知識・経験と結びつけられないということが度々あった。全体を通じて、例を通じて、英語教育研究の広がりを紹介しつつ、引用文献を辿っていけばさらに深めていけるように仕上がったことに満足している(学部の授業で紹介する際には、そうした発展的な説明や、さらに手前の前提の解説が必要なところもあるだろうと感じているが、今後そういう補足記事を機会を見つけて整備していきたいと考えている)。

外国語教育研究ハンドブック』の手前の本というコンセプトで上梓したが、英語教育関係以外の方からも高い評価をいただき、他教科の教育研究に対しても有益だ、人文・社会科学研究一般に当てはまるエッセンスが詰まっている、現職教員にとってこそ必須ではといったコメントをもらえた。私にとってこの2冊は根っこのところで繋がった、私のなかでの理論と実践、実践と研究の止揚なので、こうした評価をもらえるのは本当にうれしい。

元となった中部地区英語教育学会の課題別研究プロジェクト「英語教育研究法の過去・現在・未来」の始まりから数えれば5年、浦野先生たちが同学会で始めた「英語教育研究法セミナー」から数えれば11年。第2章で『創造的論文の書き方』を引いて「10年やれるくらいの大きな視野あるいは深さのあるテーマ」(p. 107)という話をしたが、まさに本書が10年モノのプロジェクトの結実なのであった。そしてわれわれとしては、『英語教師のための教育データ分析入門』のように、10年経っても引き合いに出されるような一冊となることを目指した。

こういう、手応えのある濃い仕事を、研究者人生のなかであと何回経験できるだろうか。