Pocket

ここに勤める限り、年末年始は卒論添削と共にある。その文章を見るにつけ、数年前からもにょっていることの一つにチルダ(~)の使い方がある。

英語の文章にチルダが単独で登場することはない(数学で、近いよ似てるよ、こういう確率分布だよという時に使う場面を除けば)。いくつかの言語や国際音声記号において発音を区別するための記号あって、日本語で言えば濁点・半濁点のようなもの。

しかし、これを波ダッシュ(〜)のように使ってしまう学生が後を絶たない。日本語の波ダッシュは、用途が非常に幅広く、範囲を示すニョロから「♫〜」のようなアニメーション的表現まで、言語使用に規範的な物言いはしたくないものの流石に「スロッピー過ぎない?」と言いたくなるほど様々なところで使えてしまう。

分野の性質上、卒論や指導案において言語表現にメタ的に言及することがある。例えば「生徒はwantを含む文を何度も活動中に用いたが、必ずしもwant A to doの構文を正しく用いることはできなかった」といった、ダブル・クオーテーションもしくはイタリックで示される箇所がそれだ。いまAやdoを用いた、この「スロット」にチルダ・トラップがある。英文中で”want A to ~”とか”want ~ to …”といった具合にやってしまう。辞書では例のようにAやBを用いることもあるが、来るべき要素が省略されていると考えれば、three dots (…)を用いるのが自然だ。繰り返すが、英文の文章中の記号に“~”は存在しないのである。上の例は日本語の文なので波ダッシュを使っているのだと強弁されれば、個人的にかなりの気持ち悪さはあるが、百万歩譲って我慢することにしよう(注1)。しかし英文の場合はダメだ。“The students used a sentence including want more than once in the activity, but it did not necessarily lead to their accurate use of the want ~ to do construction.”なんてのを見たら一気にガッカリしてしまう。

このチルダ、もしくは英語に対する波ダッシュは、現職の英語教員の指導案でも散見するぐらいだから、日本全国(の英語教員養成課程)で確認できる現象だと思う(個人的にはdisasterと言いたい)のだが、先生がたはどうやって「我慢」しているのだろうか。あるいははっきりガッツリ指導したり、私と同様に、粘り強く朱を入れ続けているのだろうか。もしかして右から左に受け流しているなんてことない…ですよね?(注3)

このdisasterを生み出し続ける原因として、波ダッシュの存在もかなり強力と言えるが、最大の元凶だと思うのは実は学校の教科書や副教材である。私自身が編集委員を務める中学校教科書にも、Words欄に“be goot ad 〜”、“look forward to 〜”、「〜を楽しみに待つ」といった形で英語と波ダッシュが「共存」している(注4)。これでどうして学生を責めることができようか。

チルダもしくは波ダッシュがいつから教科書で用いられていたか、あるいは英文ライティングでチルダを用いない学生はどういうバックグラウンドがあるか調べてみると面白いかもしれないが、ともあれ、多くの関係者は、教科書・副教材において未必の故意(?)としてチルダ教唆を繰り返し、業務上過失チルダを招いてきた原罪を背負っている。教科書改訂に携わる機会があれば、なんとしてもチルダ・波ダッシュを撲滅したい。それが年初にすることかというツッコミは「〜」っと流すとして、以上2017年の誓い。

 

(注1) 通常の私は、日本語の文中であっても「want A to do」としたり、逆に“Aに〜してほしい”などとするのも我慢ならないし、鍵カッコなどの使い方がデタラメな人の文章を見ると残念な気持ちになって読む気をだいぶ無くしてしまう。

(注2) ちなみに、APA的には、文全体が省略されている場合はfour dotsを用いる。

(注3) 日本語の文章なので本来は真ん中配置の三点リーダを用いたいが、ブログのCSSの都合でどう入力しても欧文使用のthree dotsになってしまう。

(注4) 「〜を楽しみに待つ」は日本語としては正用かもしれないが、英語にも「転移」しやすいので英語句との併記は控えた方がいいだろう。