Pocket

2016年のふり返りで挙げたもの。

重過ぎず、英語学習を本格的に始める時に、学習者の、あるいは教える側の手の届くところにこういう本がたくさんあってほしいという一冊だ。本書だけで「英語の学び方」の全てを網羅しているわけではないし、もとより本書の意図するところでもない。普遍性と多様性を大事にしたいという哲学が行間ににじみ出ているのが類書との違いと言えようか。

2016年の3冊のうちの一つに選んだのは、本書に今までに読んだことのない事実が提示されているからとか、各章が珠玉の出来栄えだからといったことではない。主力は前半の4章、個人的に面白かったのは第8章で、6章はパーソナル・ヒストリーという感じだし、特別寄稿は視点は面白いが明らかに「付け足し」の域を出ない。初学者の目線で各章の記述にツッコミを入れようと思えばたくさん入れられるだろう。

しかし、今の私の立場で本書を通読して感じたのは、そのような石が投げられるのは、同じ学部・学科のスタッフだけで中学生対象にこのようなワークショップを企画・実施し、本書を編める者だけであろうということだ。現在、英語学・英米文学・英語教育関係の専攻を持つ組織で、個人が孤軍奮闘するのではなく、本書執筆陣と同様の知的体力と情熱を持って「英語の学び方」を初学者に語り、商業ベースの出版に乗る本を作れる集団がどれくらいあるだろうかと思うと、正直明るい気持ちにはならない。そういう意味で、評価すべき仕事だと思うのである。

英語学習を本格的に始める学習者、あるいはその指導者に届けたいのは、例えば次の一節。

シンガポールで話される英語はとくに「シングリッシュ(Singlish)」とよばれます。普段の会話で用いるシンガポールらしい英語をとくにシングリッシュとして、標準英語と区別しているのです。シンガポールからの留学生がこんなふうに書いていました。「シンガポールでは英語は共通語なんですけども多文化社会なんで勉強した英語はすごくかしこまった言語です。シンガポール人の日常会話ならシングリッシュを使います。私のことばはやっぱり「シングリッシュ」だと思います。いろんな言葉を混ぜた英語です。」この「いろんな言語」というのはマレー語や中国語、タミル語など現地で話される言語を含んでいます。シンガポールは複数の民族から構成されているので、それらの民族語を母語とする人がコミュニケーションをするときに、英語をベースとしてそこにいくつかの民族語の語彙や発音、言い回しが顔をのぞかせ、それが定着するというわけです。地域に特有の英語を使うことで、うちとけた感じが表せます(pp. 79–80)。

かつて、『協同学習を取り入れた英語授業のすすめ』所収の拙論に、

外国語としての英語に関する能力は多面的で、人間の多様な能力・価値の一部に過ぎないのですから、それを学ぶ過程は、人間性やものの見方・考え方を豊かにするものではあり得ても、人を選別したり自尊心を傷つけるものであってはいけません(p. 149)

と書いたことがあるが、学校教育の一環としての英語教育において、上の引用のような事実を知ることもそういう考え方に一切触れることもなく、特定の方言・文化を絶対視するような英語の学び方しかできないんだとしたら、そんな外国語教育・学習は有害でしかないと思う故。某予備校講師が本書を通じて英語の捉え方・学び方を学び直してくれるといいのだが。