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第42回中部地区英語教育学会岐阜大会(会場:じゅうろくプラザ)で2件、発表しました。

(1) 6月30日(土)

    15:30〜17:30:問題別討論会・課題別研究プロジェクト報告

        ③英語教育研究法の過去・現在・未来

浦野 研(北海学園大学)、酒井英樹(信州大学)、髙木亜希子(青山学院大学)、田中武夫(山梨大学)、藤田卓郎(福井県立坂井農業高校)、本田勝久(千葉大学)、亘理陽一(静岡大学)→主に「研究法に注目した論文の分類、分析方法の提案」部分の発表を担当します。

(2) 7月1日(日)

    10:50 ~ 11:20 自由研究発表「教育文法の構成原理に関する理論的考察」

お越しいただいたみなさん、貴重なご意見をくださった先生方、ありがとうございました。気にかけてくださったみなさんにも感謝。出来映えはともかく、終えました。

[追記20120702]

(2)の個人発表の質疑で「日本語(の構造・意味)との異同を考慮した扱いが必要だと思うか」という感じの質問をいただきました。

テンパってた私は最初、(説明にL1を用いるか目標言語を用いるかという)媒体の問題として引き取ってしまったのですが、おそらく教育内容構成の枠組みはその点を考慮したものでなければならないのでは?という疑問だったのかと思います(逆だったり見当違いだったりしたらゴメンナサイ)。

定義やシステムモデルとして組織する際には当然、学習者のL1の体系との異同が問題になるわけで、その場では必要だと思うと回答しました。

一方で、発表中には触れませんでしたが、日本語の構造・意味との対比的扱いがムムム危ういと感じることもよくあります。例えば石黒(2006)には,「進行形はいつも使えるわけではない」という項に「『〜している』という意味をもともと含んでいる動詞の場合は,ふつうは進行形は使わない」(石黒 2006: 49)という説明があります。いわゆる「状態動詞」という用語を使わずに説明したかったのでしょうが、学習者が’live’や’stand’を「住んでいる」「立っている」という意味で内在化・意識しているとは限りません。だって「住む」だもん、「立つ」じゃん、とか言われたらどうするのでしょう。「in the semantically default interpretation, inherently [+stative]なんだもん!」とキレてしまうくらいなら(そんなことはないでしょうが)、こんな説明はない方がマシです。「テイル」と対応させた説明の問題は既に数多の論考で指摘されており、敢えてするのであれば細心の注意を払ってもらいたいと思うのです。

他にも、「動作動詞の現在形は,今していることではなく,くり返し行われる動作を表す。…また,現在進行形が,『今この時』に限らず,ある限られた期間にわたって,くり返している動作や,し続けている動作を表すこともある」といった記述があります(石黒 2006: 54-56)。この場合、「くり返す」という日本語の意味が漠然とし過ぎていて、学習者の誤解を招きかねません。Huddleston & Pullum (eds.) (2002)の用語で言えば、multiplicityのiterative/repeated/serialが区別されないまま「くり返し」で束ねられてしまっているわけです。

ということで、あの場では”It depends.”と答えるべきでした。かえって怒られたかもしれませんが。