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後輩が活躍めざましい。「飲んだときに、センパイ面して偉そうだがまあまあ金払いの良いひょうきんなオッサン」でしかない不肖の先輩ながら、こうして抜刷やPDFを送ってもらえると、「論文を一応読むことはできる、飲んだときに、センパイ面して偉そうだがまあまあ金払いの良い、ひょうきんなオッサン」と認識してもらえていることがわかる。ありがたいことだ。

  • 田岡 昌大 (2018).「城戸幡太郎の『臨床教育学』: 教育心理学の不毛性問題と関わらせて」『心理科学』39(1), 14–30.

城戸幡太郎は、その言葉が人口に膾炙する遥か以前の1962年から「臨床教育学」という概念を提示しており、そこでは「アクション・リサーチ」が方法論として強調されていた。城戸の思想研究は戦前のものに偏っており、戦後も「臨床教育学」に着目した研究はない。戦前からの連続において城戸の思想の全体像を把握することによって、それが、今日言及される意味とは異なる城戸独自のものであるということを本論は示している。下記、及川(2018a)と併読すると課題設定が理解しやすい。

まず、「臨床教育学」は図式化されたもので、本来的には統一されてしかるべきものだった。従って、それは理論と実践とを統一したものではなく、原理的に統一されていたものを、むしろ分離することで図式化したものである。そして、その思想の原型は、1920年代より一貫して「問題」としてあったもので、「心理学の三つの存在命題」に端的に示されるように人間を総合的に捉えるものとしてあった。それゆえ、方法論としてのアクション・リサーチは、現実的な「生活」を問題にする時に生じるものであって、決して理論と実践を繋ぐためのものではない。従って、戦後の不毛性論争に応答するものとして「臨床教育学」やアクション・リサーチが提唱された面はあるとしても、それをそのまま「不毛性を埋める実践性」と引き受けてしまうと、城戸の思想の実践性を看過してしまうことになる。城戸の思想における実践性とは、単純な意味で「理論即実践」という範疇にとどまるものではなく、心理学者も含めた人間の主体性を含み込んで、そのダイナミズムを前提にした実践性なのである。また、それゆえに「目的論的操作」とは、単に価値や目的を対象にするということに留まらず、自らも価値や目的と関わる存在であることを自覚することを伴う。城戸の思想とその実践性とは、単に教育実践に寄与する心理学という枠を超えた、より原理的な「人間学」として構想されたものだったのである(p. 21)。

城戸は私にとって、(1)出身学部の創設にかかわった人、(2)『坊ちゃん』の山城屋のモデルになった「きどや」の息子という認識ぐらいのものであったが、本論を読んで、今なら、批判的実在論的立場を明確にしていた(教育)心理学者とも言い得るし、1951年の著作にしてハーバーマス的なコミュニケーション観も垣間見え、ずいぶん熱い人だったんだなあと勝手に感じ入った(pp. 22–23)。科学・技術をめぐる記述で、田中一『未来への仮説』を思い出したりもした。

  • 田岡 昌大 (2017).「戦後における城戸幡太郎の幼児教育論: 『幼児教育論』以後の異同について」北海道大学大学院教育学研究院『子ども発達臨床研究』9, 1–12.

1939年の初版から、1980年に至るまで4回の改訂を重ねた『幼児教育論』の各版の内容と改訂過程を丁寧に辿ることで、城戸の思想の戦前・戦後の連続と断絶、特に田岡(2018)の考察でもキーとなる「ヒューマニズム」概念の展開について明らかにした論文。最近、こういう特定の著者についてのテクスト・クリティーク論文を読む機会がないので新鮮だった。上で述べたこととも関わって、「ただ人間の内に神の顕現を見ることではなく、社会の内に人間の形成を見ることによってフレーベルの教育は現代にも活きてくるのである」(城戸, 1939, p. 33)という引用がなかなか熱い。

  • 田岡 昌大・及川 智博 (2017).「城戸幡太郎の保育者論の現代的意義: 教養と技術の関係に着目して」『教育学の研究と実践』12, 1–11.

「保育は人間の発達に関する社会的な視点が不可欠であ」るが、保育者の専門性に関する議論において希薄なその視点の手がかりを城戸の保育者論に求めた論文(p. 1)。城戸の思想の「基本的特質」は「自己の『主観』を社会との規定関係の中で捉え、『歴史的社会的存在として』捉える点」にあり、「保育者自身の社会的な責務に関する概念」を「教養」として「獲得する必要性を指摘した点に」彼の保育者論の特徴がある(p. 2)。

城戸は、このような「人間の社会的協力を可能ならしむる」ものを「職能的教養」という。この教養理解は、もはや保育者論の範疇に収まらない。人間一般に通じる教養論である。城戸は「人間が人間になるということ」を指して「社会的共同生活において職能的義務を果たし得る人間になるということ」(城戸, 1939a: 80)と述べているが、ここで保育者に「社会協力」が求められることで、保育者の教養論は、より原理的な人間一般の教養論へと繋がっている。

このように保育者論が人間一般の論点に連続的に把握されることを可能にしているのは、城戸の人間理解がこの背景にあるからである。既にみたように、城戸において人間は社会に規定される存在であった。しかし、人間は社会を「変革」する存在でもある。その「変革」は、生活の「問題」を解決しようとして技術(生活技術)を形成していく所にある。そして、保育者もまた一人の社会に生きる個人である以上、社会の「変革」に関わる一人の人間である。従って、保育者に求められる教養は保育に限定されない。保育者には、人間一般の教養もまた求められる。それは、保育内容としての技術を理解するためは元より、一人の人間として技術を用いて社会と関わる者として「要求」されるものである。内島貞夫は、城戸の「教育論は教養論に等しいものとして提起され」ていると指摘した上で、これを可能にするのは「彼の教養論の広さと深さによるものである」としている(内島 1984: 242)。この「広さと深さ」こそが、保育者の教養論を人間一般の教養論に接続させる背景にあるのである(pp. 6–7)。

保育者に求められる専門性に社会的認知を得て、それに応じた適正な処遇を獲得していくためにも読まれるべき論文。あるいは教職論としても。個人的には、出会った頃は「教養論をやりたいんです」と言っていた後輩がここに至った理由がこの論文で勝手に納得できた。p. 3で解説されている城戸の保育思想に近いようなことをヴィゴツキーが『教育心理学講義』で述べていた気がしたのだが、どうだろう(今手元にないので確認できない)。

  • 及川 智博 (2018a).「『問題解決』の実践性の論議に至るまで: 戦後日本の教育心理学と学校の関係から」『心理科学』39(1), 31–51.

本論を通じて、教育心理学に「教育心理学の不毛性」という議論が長く横たわってきたことを知った。「理論と実践の架橋/乖離」は(それに類似した物言いはつい先日の日本教育学会でも耳にしたところだが)教育心理学においても常に古くて新しい問題であったということだが、本論の白眉は、この「不毛性」という言説が戦後から現在に至るまでにどう変化してきたかに着目することで、「『不毛性』の意味合いが変容し、問題解決を通して教育心理学が実践の『役に立つ』ことを志向しはじめるという転換」が1970年代半ばに生じていたことを示したところにある。他方、

50年代から70年代初頭にかけて、「不毛性」は、米国から安易に輸入された、応用心理学としての教育心理学への戦いを表明した、意図的な論争のなかで用いられていた。そして、その論争において目指されていたのは、教育を理想実現のための「方法」としてとらえ、理論と実践を弁証法的に統一して進められる教育心理学であった。しかし、この時点では別様の意味で用いられている。「教育心理学を知らなくても教育実践は可能」や「問題を解明するようなものが極めて少ない」といったように、教師に必要とされていないことに「不毛性」の理由があるというのである(p. 41)。

教育心理学界が、スクールカウンセラーや公認心理師の設置、「エビデンス」の受容など、今ある現状に至っている経路の一端を明らかにした論文として、他分野にも広く読まれてよい。本論の課題は、著者自身が総合考察で触れているのでここでは指摘しない。個人的には、70年代前半に示されていた「教育が目的的な営みであるということ自体が、当時の教育心理学者においてさえ深く洞察されていないのではないのではないか、という悲観的な見方」(p. 40)に関わる村瀬(1973)からの「子どもを、どんな人間に育てようとするか、それにはどんな意味があるのか、それを本当に達成するにはどうしたらよいのか。教育というもっとも人間的価値の高い行為について、何ら根本的な考察もなく、深い会得もないところで、ただ抹消的な技術論や断片的な知識の集積に堂々とこれつめてきたのが大部分の教育心理学者であったといっては言い過ぎだろうか?」という引用の「教育心理学者」を「英語教育研究者」に置き換えて沈思した。

  • 及川 智博 (2018b).「ルール遊びの発展と設定保育の経験との関連: 5歳児のリレーごっこに着目して」『心理科学』39(1), 52–72.

本論の端的で明快な先行研究の整理によれば、「保育におけるルール遊びは、保育者と幼児のかかわりを通して発展していくことが明らかにされて」おり、そのダイナミクスとして「遊びと遊びの関係」へと議論は進み、「子どもが『遊び場面』から『生活場面』へ移行する場面」として「片付け」の機能が示されてきた(p. 53)。ただ、片付けによって「自由遊び」と「設定保育」(活動の内容があらかじめ定められている集団での活動場面)が区切られるとしても、幼児にとって両者は関連した経験となっている可能性が当然あり、保育者の実践報告ではしばしばそのことが報告されているという。本論は、年長学年を対象として、ある幼稚園での約116時間に及ぶ自然観察から、「幼児がルール遊びを、いかに設定保育での経験を関連づけながら発展させているか」を明らかにしようとした実証研究である(p. 54)。注目したのは、先行研究でも取り上げられている「リレーごっこ」である。

幼児間、あるいは幼児・保育者間のやり取りを丁寧に拾っているのもさることながら、設定保育の内容や保育者の語りなどを踏まえたトライアンギュレーションが丁寧で、純粋に読んでいて面白かった。面接・観察調査を選んでいるゼミ生にも紹介したい。

例えばこれが学会発表、あるいは博論公開審査発表で自分がその場にいたなら、(1)他の自由遊び・設定保育場面での当該幼児たちの表れはどうか(本論の分析と重なるような事例が抽出できるのか、あるいは顕著に違った振る舞いを見せ、リレーごっこの固有性が浮き彫りになるのか)、(2)設定保育の内容が直接に結びつかない自由遊びへの影響は観察できるか(今回の事例で言えば、(a)ルーティン的なリレーの取りくみと(b)リレーに関するアオイ先生とのやりとりが、リレーごっこ以外の遊びに何か影響を与えているか)ということを訊くだろう。

個人的には、(b)の規範の内化のまっすぐさと危うさも含めて、(2)について何かが見いだせれば面白いなと思う。話は大学生に飛ぶが、午後に開催しているゼミ(いわば設定保育)は毎回長時間に及び、そのまま有志で近所の行きつけの食堂に流れ込むというパターンがここ数年定着している。ここでの会話(いわば自由遊び)などを観察していると、ゼミの時間内に論じたりなかった議論が継続することも勿論あるし、日常の会話に移行してもその回や以前のゼミで印象深かった用語が会話の端々に登場し「遊ばれ」ることがよくある。ゼミで明らかになったことや私の発言を適用してAに対してAだと言えるようになることも大事な学びには違いないが、AをA’として応用できたり、A≒Bという変換・接続を日常の会話に持ち出せることのほうが(規範も相対化できている気がするし)個人的には「イイね」を押したくなる。

 

次に飲むときには伝え忘れてしまいそうなので、震災からの早い復興を願いつつ、感謝の意を込めてまとめておいた。先輩もがんばらにゃ。