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引き続き。と言っても,読み方ではなく選び方・辿り方について。引き続き学生・院生指導の視点で書いているので,選ばせ方・辿らせ方と言ったほうがいいかもしれない(「させる」という言い方は好きではないのだが)。

10月以降の学部ゼミでは,4年生の卒論検討と並行して,3年生の文献発表を行っている。所属人数と実施できる回数を考えると,各人に十分な時間が確保できているとは言えない(しかも3年後期は授業も忙しく,きっちり1コマ分しか時間が取れない)のだが,欲張ってひとり3回ずつは報告がまわるように組んでもらった。4年の前半は教採等でどうしても忙しくなってしまうので,私としては,この時期に卒論のテーマを少しずつ考えて欲しい。

3年生は卒論に向けての本格的な報告はこれが初めてとなるので,

  • 大修館「英語教育」の好きな記事

  • 関連する文献(概論書やハンドブックのチャプター)

  • 論文(中部地区英語教育学会紀要やJALT Journal等,CiNiiなどで検索)

という流れで各回報告を行い,そこからさらに文献に当たったりして,2月のゼミ旅行までに卒論の研究課題概要(A4一枚程度のアブストラクト)を出すのをゴールとしている。2回目と3回目のいずれかまたは両方で(テーマ的に難しくない限り)英語の文献にチャレンジすることも課している。

で,このやり方には2つの課題があるなあというのが本記事の趣旨。

大修館「英語教育」の記事は各自で選択してもらう。ELT JournalTESOL Quarterlyでそれができれば嬉しいのだが,まあそれは欲張り過ぎというもので,どういうことが話題にされているのかラフな地図を描こうとしてもらうのが目的(文献・論文検索のやり方はしっているはずなのでいきなり検索させてもいいのだが,私は,こういう雑誌を背のタイトルだけでもざーっと概観しておく経験はけっこう大事だと考えている)。

どれか一つの号をズバッと決める学生は少なく,だいたい悩みつつ2, 3冊を持っていって複数の特集・記事からどれかにしぼっていくようだ。ここには,「英語教育」もっとガンバって(私も応援しますから)ということを除けば,問題はない。

2回目の,関連する文献(1回目で「なんか違うね」となった場合は別の興味あることについての文献)は,私もいろいろ案内しつつ,相談の上決めてもらう。特定の領域について,どういう概念系があり,何がこれまで論じられ明らかにされてきたのか,残された課題は何かといったことをつかんでもらうのが目的。

例えば,文法指導に興味があるとなればWiley-Blackwellの

の該当する章を読んではどうかと勧め,国際理解・異文化理解といったことに興味があるとなればRoutledgeの

の該当する章はどうかと勧めるという具合。私の知識不足でもっと適当な文献がある場合もあるだろうが,上述の目的に照らせばそんなに的のハズれた文献は選んでいないと思う。いずれにしても報告者と相談しながら決めるし,こちらのねらい通りに報告者が内容を咀嚼して報告してくれるかどうかというのはまた別の話(前記事を参照)。

ここでボトルネックとなるのが参考文献だ。本来はここから,さらに興味を持った,あるいはイケそうな気がするトピックについて,引用されている参考文献にあたり,芋づる式に文献を渉猟して考えていって欲しいわけである。しかし,この参考文献が全然所蔵されていない。学生の興味の広がりに私の貧しい書棚が応えられないということもあるが,大学の図書館にもない。研究者養成を主たる目的としない大学のつらいところだ(しかし,これに応えられる大学は日本にどのくらいあるのだろう?)。

となると「図書館で相互複写とか相互貸借を利用するのが筋でしょJK」ということになるのだが,学生・教員が利用しやすい仕組みとはお世辞にも言えないし,時間も費用もかかって地味につらい。もっと本質的な問題は,上に挙げたハンドブックだと,そもそも国内の図書館にないというのもすぐにボロボロ出てくるということだ(海外の図書館から複写を取り寄せるのはもっと大変)。杞憂であることを願うが,外国語教育研究・第二言語習得研究は,膨大な研究がそこに示されているにもかかわらずそういう性格が強いがために,国内で十分な文献が揃う分野と比べて,文献を辿って掘り下げていく習慣が妨げられているのではないかと思ったりする。例えば,ちょっと図書館のそのコーナーに行けば参考文献はだいたい全部並んでるよという環境があれば…。これが一つ目の課題。劇的な解決策は思いつかない(誰か助けて)。

3回目の論文は,私もいろいろ投げかけたりするが,基本的には学生自身に検索してもらって決めてもらう(前記事のBrown & Hudson (1998)もその一つ)。研究結果を批判的に摂取し,個別研究として仕上がったイメージを具体的に持ってもらうのが目的。ここでは,前の2回と違って事前に読む文献を共有し,報告者以外も論文を読んだ上で参加してもらっている。これは,自分の卒論につながる研究以外にもなるべく多くの論文に触れてもらうことがねらい(今年は人数の関係で1回に2人ずつ報告してもらっているので,「サポーター制度」と称して,読んでくる文献を半分ずつに振り分け,もう片方については任意としている)。

今はこの段階に入っているのだが,困ったなあと思ったのが,「論文」という縛りで検索してもらうだけでは玉石混淆を免れないということ。当たり前と言えば当たり前なのだが,例えば査読のない(と思われる)どこかの大学紀要も検索に引っかかって,見てみるとそれは「論文」というより「研究ノート」という感じのものだったりする(具体名は挙げないけど)。課題やオチが見えにくいので,選んだ学生もモヤモヤする。研究テーマを絞り込むのにはあまり役立たない。これではマズい。

逆もある。ある学生が

を報告すると言ってくる。すげー,『教育心理学研究』だ,こりゃあいい。しかし,3年生にはめちゃんこ難しい(私にだって難しいんだから,もう!)。上の論文の場合,日本語で書かれているのが救いだが,自身の経験からVLSそのものや使われ方については理解できても,構造方程式モデリングの結果が読み取れなかったり,「簡便にVLS使用を測定するための質問紙を提供」しようとすることの意義がイマイチつかめなかったりする。もちろんそれをキッカケに勉強していくもんなんだけど,ほぼ最初にガチで読む論文がコレだろうか?と考えると,悩ましくなってくる。

私のイメージではこの論文はほぼ「ゴール」にあるもので(読む時期がゴール近くでは困るけど),「これをつぶさに検討して(可能な限り課題を明らかにし)何らかのreplicationをしたい!」という対象として選ばれたのなら良いなあと思う。「石」をつかんじゃってモヤモヤ問題は,あらかじめ対象を一次研究に限ることによってある程度解消できるが,その時点では難解過ぎたり「玉」過ぎてどうしようもない論文を引いてしまうケースについては難しい。これが二つ目の課題。

でも私はあまりトップダウンにコレを読めアレを読めとは言いたくないタチでして……(to be continued.)