最近読んだ本。Thought-provoking.

まず第1章が非常に非常に面白くて、ときどきこういう話をしてくれる人がいる業界は幸せだと思う。先を切り拓きながらも分野を俯瞰し現状を捉える視点を持った先輩。自分がそういう存在になろうと努力するのとは別に、常に周りにいてほしいものだ。ここでは、社会学の話法に「時代診断」と「合理性を媒介にして理解する」ことがあり(p. 41)、後者にこそ「社会学らしさ」があるというのが岸さん・北田さんの合意。他方、第2章で「暴力性」について議論があるのだが、やっぱり叱られてる気持ちになる。私がズカズカと小中高の教室に乗り込んでいってやっていることにもほとんど全て当てはまる議論だからだ(後でこの点を少し考える)。

第3章はメタ学問の議論として超重要で、興奮しながら読んだ。「『いろいろあるんだよ』っていうことと、『こういうことがあったんだよ』っていうことが、どうやって接合されるのか」(p. 119)。つっこんだ議論の部分は、初読時は腑に落ちた感が足りず、率直に「あと2回は読み返すことになる」と感じた。第8章の稲葉さんの解説で等価機能主義について理解がクリアになったので「等価機能主義からみた他者の合理性の理解」の節は、(社会学関係者には前提知識かもしれないが)そこから立ち戻ると良いだろう。

第4章は岸さんが聞きあぐねているというか、前章までに比べて深まりに欠ける印象だったが、(岸さんがいないものの)第6章で回収されていてよかった。第3章と並んでアツい第6章は、「ものすごく質的な『理解』と数量データの間を、行ったり来たりしているのが計量社会学の特徴」(p. 204)という辺りもだが、「後出しじゃんけんを精密にすることこそ、社会科学の仕事だと思う」(pp. 219–220)という北田さんの発言がけだし名言。第5章は、荻上さんは頭がいい人だなあという小並感にとどまるのだが、だいじなところは抑えられているわけで、授業で取り上げて学生に紹介するならこの章かもしれない。

第7章は筒井さんの因果推論に対する評価が興味深い。「介入の効果を知るための因果推論の知識というのは、社会の理解にはあまり役に立たないんです。だって、ないものを持ってきているので」(p. 282)。稲葉さんの「法則理解よりもちんまい個別的な因果連関を知りたい」(p. 272)という問題関心の変化と、「そこでは理論は直接その説明力を検証すべき対象から、個別的な洞察を導く補助具となってきている」(p. 273)という指摘があわせて示唆的だ。(別の場所でつぶやいた際、ここの部分を筒井さんの発言として紹介してしまいました。大変失礼しました)。

本書を通じて岸さんは、先験的にとまでは言えないにせよ、少数事例である種の一般性・普遍性を持った理解ができてしまうのはなぜかを問い続けている。このことについて、筒井さんの「相場感」という言葉のニュアンスも含めてモヤモヤしたまま読んでいたが、フロアの稲葉さんの補助線が入って俄然わかりやすくなった。さらに、稲葉さんに引き出された岸さんのデイヴィドソン解説が明瞭で、これまでの章の話もよりクリアになった。

「当座理論の擦り合わせ」(p. 278、および第8章末)を通じて何らかの一般性・普遍性を持った理解に到達する際に、岸さんは、社会問題が現にあることへのコミットメント、あるいは「方法より対象」を重視しているわけだが、当座理論に対する事前理論もやはり重要な役割を果たしているのではないだろうか。そう考える理由は、本書の議論は教育(方法)学の授業研究や授業観察にも当てはまるところが多いと感じたことによる。ここ最近何度か投稿している「授業後」の記事でその一端を報告しているが、授業を観た後の事後協議会は、授業者の先生と、他の先生や指導主事等の参加者、そして私のような立場の者が当座理論を擦り合わせながら進めるわけ(で擦り合わせに失敗すれば非常に残念な時間の過ごし方となるの)だが、同じ授業を観ていても全員が同じように授業を観るわけではない。外からずかずか乗り込んでいる私だからこそ見える部分もあれば、私には見えない部分もある。だから、自分が特別優れた授業観察をしていると思っているわけではないが、先生がたからは「どうしたら先生のように深いところまで授業を観れるようになるのか」と声をかけてもらうことが少なくない。私がどういう風に授業を観ているかの詳細は別に譲るにせよ、そこには、これまでの観察経験だけでなく、私の教育方法学的・英語学的な専門的知識、つまり事前理論が大きく影響していることは間違いない。それを先生がたが持つ経験や観察した事実とつなげる語りをすることにある程度成功しているということだと思う。などと考えた。

全体として、どこどこ問題が万事スッキリしたわけではないが、思索が進み、多くを納得して読了した。社会学以外でも、人を対象とする学問に関することを考える限り、広く薦められる文献だし、読んで得られるものは多いだろう。