小中高で英語教育のために研究予算がついたとして、まだ手に取っていなければ、いま真っ先に買うべき文献は

を置いて他にない。購入すれば74回分102ページにも及ぶハンドアウトまでダウンロード可能になるのだから、各自治体教委が必要数を購入して全ての小学校に配ってもいいぐらいだ。

私が薦めるまでもなく、本書を手に取ってめくってもらえれば先生がたにはその素晴らしさがすぐわかるであろうし、検索すれば本書を推薦する記事やSNSの投稿も複数見つかるだろう。

わかる人に向けて端的に言えば、本書は文字指導の水道方式である。「活字体ではなく現代体で、できるだけpen liftなしに書きやすく速く、そして読みやすい続け字を書けるように」という原則から、全ての理に適った指導法が導出される。その意味で、これまで日本の英語教育界で出版されたものの中で最も実践的で、授業で子どもが味わい兼ねない不幸を最も減らし、最も多くの先生を助ける文献の一つである。

以下では、ご恵投のお礼方々、私が読んで感じた本書のポイントを3つ挙げる。

(1)徹頭徹尾、生徒の実態と、生徒がたどる思考の道すじや技術面での試行錯誤に基づいている

ここでmustとmuseとタイプしても2つを混同するようには見えないが、誤読を招くようなtとeの書き方、あるいはlとcに見えるk、uなのかvなのかnなのか判然としない文字など、児童・生徒・学生が手書きした英単語や英文を採点・添削したことがあるものなら誰しもが経験のある実例が提示されている。

例えば、日本人の学習者、先生の多くがtやfを漢字の「十」のように横→縦の順に書いている実態を指摘した後に、「けれども、この筆順でtを急いで書くと横棒と縦棒がつながり、頭が尖ったeや、少し縦長のeに見えたりしてしまいます。fも同様で、少し縦長のeや数字の9に見えることがあり、ときには、生徒の書いたfeetがeeeeのように見えることさえあります」(p. 58。原文、太字のeはサイズ大)と続く。筆順がマナーの問題ではなく、文字を書く上で理に適ったものであること、つまり適切に指導すれば上記の誤読の可能性は減らせることがすこぶる実感を伴って納得できるようになっている。先生たちの膝を打つ音が聞こえるようだ。

(2)指導手順が具体的かつ詳細かつ論理的に示されており、その論理が極めて明快である

本書の個人的な白眉は第2、3章である。いま、英語教師の中にここまで細やかに指導手順を考えている人、考えられる人がどのくらいいるだろうと読みながら唸ってしまった。そして、そんな小難しいことは考えなくても、そのまま指導手順とハンドアウトを利用できるようになっている。それがすごい。

かつての『授業でつっぱる』の安達実践(詳しい紹介はこちらを参照)、あるいは北海道新英研の論考・授業プランなどで、大文字から小文字への歴史的変遷をたどる実践とその効果については知っていたし、その話題になるとゼミ等でもたびたび紹介してきた。しかし本書でそれと同じ内容が登場するのは、第2章の第6節「大文字と小文字を結びつける」である。つまり、第1節では「文字指導の考え方」が述べられている(ここだけでも読んでほしいぐらい)ので、それを除いた4節に渡って、そこに至るまでの大文字の読み方・書き方、そして小文字の読み方・書き方の指導内容が用意されているのだ。正直ここまで丁寧にやらねばならないんだなと納得し感服した。

もちろん各節ではさらに詳細に、例えば読み方はそれぞれ4つのパートからなり各パートに3、4つの教材・活動がありという具合で、たどるべき順序が具体的に示されている。その一つひとつに理由があり、これはもう、一つの徹底的な教育内容構成と言ってよい。その理由に納得がいかなければ、あるいは実際に教えてみて違うと思えばさらなる改善の提案ができる。まさに「これからの英語の文字指導」の実践研究は、本書をベースラインとして進めることができる。すごいことだ。

(3)最も基礎的なことを(こそ)丁寧に考える必要性を教えてくれる

第1章に文字指導のCAN-DOが提示されている。今後、各パートで児童・生徒がどのようなあらわれを見せたかを持ち寄って話し合えば、入門期の英語教育にかなりの実りが期待できる。その意味で、小中学校の先生がたはぜひ共有して授業研究に活用してほしい。

この「文字の形がわかる」に始まるCAN-DOは、文字を認識し書くということの徹底的な分析に支えられている。そのことを読者は本書全体を通じて感じるであろうし、端的にはp. 9の手書き文字の分類表やp. 130の手書き小文字接続表を見れば一目瞭然である。冒頭で「文字指導の水道方式」と評したが、まさに「分析」と「総合」のお手本のようだ。それによって、これまで掲示・配布するフォントに特に注意を払うでもなく「習うより慣れろ」でやったことにしてきた文字指導こそ、このレベルまで深める必要があることが学べる。

いわゆる「教材研究」、あるいは入門期指導に対するそのメッセージが、具体を通じて、ここまで先生がたに届きやすい形でまとめられた英語教育の本を私は他に知らない。水道方式と評したので敢えて挙げれば、遠山啓の『歩きはじめの算数』を読んだ時と同じ感動を味わったと言えるかもしれない。

そして左利きの(ために色々と苦労もして、未だに文字を書くことが好きになれていない)私は、「左利きの生徒の指導について」のコラムで泣いた。