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[本069] 赤木『子育てのノロイをほぐしましょう』

[本069] 赤木『子育てのノロイをほぐしましょう』

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私自身は子育てをしていないのでほぐすノロイもないのだが(私自身の大部分が未だ「子ども」のままかもしれないけど)、とにかく赤木さんの文章が大好きだ。そして私は、発達障害や子育てやコミュニケーションに対する赤木さんの眼差しを、言語教育に引きつけて読む。というかそう読まずにはいられない。

例えば「子どものけんかってすごい」というコラムで、「自分の気持ちを言葉で言いあえるように」という点について赤木さんは次のように書く。少し長いが引用させてもらおう。

 もう一つ大事にしたいことは、けんかをなくすのではなく、子どもたちが自分の気持ちを言葉で言いあえるようになることです。
 障害のある人たちが働く作業所でのことです。常に職員とトラブルになってしまう30代の男性利用者がいました。発作があるにもかかわらず、仕事中に一人でこっそり買い物に行ったり、それを職員が注意するとカッとなってきつい言葉をぶつけたり、手をあげたりすることが続きました。ケース会議では、その利用者への対応をめぐってケンケンガクガクの議論が行われましたが、ある職員から「暴言であれ、言葉で言えるようになったね」という発言があったところから、議論の質が変わりました。「いかにやめさせるか」だけではなく、「その人の”育ち”」を確認・共有するまなざしが含まれるようになりました。
 もちろん、乱暴な言葉だけをみればよいということではありません。しかし、「手をあげる行為」から「乱暴な言葉」に変わっていくなかに、その人の”育ち”がありますし、その変化の先に「適切な言葉で口論する」といった未来を見ることができます。
 言葉で気持ちを言いあえる「質の高い」けんかができるといいですよね(p. 144)。

英語教育界隈でこういうことを語る人にはほとんど出会うことがない。「自分の気持ちを言葉で言いあえるように」といった標語は英語教育でも掲げられることがある。しかし、「できる/できない」のノロイに囚われがちな英語教育は、上のような過程をすっ飛ばして、その一方で(「いかにやめさせるか」に対応した言い方をすれば)「いかに言わせるか」をトップダウンに与えて、最後の「『質の高い』けんか」に一足飛びに向かわせがちだ。「けんか」に違和感があるようならディスカッションやディベートに置き換えればよい。果たして、どれだけ生徒に「言葉で言えるようになった」という実感をもたらし、そのあらわれを観察することができているだろうか。

赤木さんの著作を読んでいると、随所でそういう風に感じずにはいられないのだ。「繰り返しますが、子どもは、自分の気持ちをそのまま言葉にできるわけではありません。語彙力が不足していたり、興奮したりして、自分が思っていることを言葉で言えません。(中略)子どもの言葉をそのまま受け取るのではなく、その言葉の裏にある気持ちを見ようとすることが大事です。もっとも、言葉にならない言葉を一緒に探っていくのは、簡単ではありません。地道な取り組みです。でも、一緒に言葉を探してくれる大人がいて初めて、子どもは言葉をわがものにしていきます」(p. 83)。ここは、息子さんが小さい頃の「おとーしゃん、きらい!」から語られているエピソードなのだが、英語教育はその前に「興奮したり」をどれだけ作れているかな、と思う。

流行に踊る日本の教育』で集まった際にも「私も赤木さんみたいな見出し付けたい」と不足した語彙力で興奮を伝えたが、赤木さんのスッと肩の力を抜く文章は本当にマネができない。なんせ『子育てのノロイをほぐしましょう』というタイトルで「〇〇のノロイ」をほぐしていくスタイルで始めたのに、5回目にしてネタが尽きてきたことを自白し、「『〇〇のノロイ』というタイトルが全然思いつきません……。あぁ」(p. 65)と冒頭で嘆く。そして、この第5回「祈ること”にもかかわらず”笑うこと」が珠玉だ。この回に多く引用されている星野源さんのエッセイが良いということもある(おそらく産みの苦しみで星野源におんぶに抱っこと言えなくもない)にせよ、赤木さんという人が物事をどういう風に見ているのかがよく表れていると思う。第10回「”休みに価値なし”のノロイ」もすごく良い。

コロナ禍の過ごし方で絵本の効用について述べた回で、「おしっこをするたび、パンツがちょっとにじんでしまう男の子が主人公」(p. 115)のヨシタケシンスケ『おしっこちょっぴりもれたろう』を紹介しているのだが、「学力とか体力は、はっきりいってもう二の次にしましょう。暖かくなってきたので、おしっこもにじみまくって全然OKです」(p. 121)には思わず声を出して笑ってしまった。期待されている役割や身についた文体から、こういう文章を私が書くことはどこまでいってもないだろうなあとしみじみ思う。それに全然OKじゃない笑 でも、だからこそ、私にとって赤木さんの文章は唯一無二なのだ。

英語教育関係者は、赤木さんがシラキュースに滞在していた際の「トンプソン、まじでオレのこと気にしてないやん!」のくだりも必読。

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