レビュー
[レビュー063] 髙橋『聖職と労働のあいだ』

[レビュー063] 髙橋『聖職と労働のあいだ』

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ズシリと重たい一冊の刊行を研究同人として心から慶んでいる。腰を据えて…と思ったが頁をめくる手は止まらず一気呵成に読んだ。

「教師の働き方をめぐる法的問題」の検討を通じて本書は、「教師自身の権利や人権が尊重されていないところ」で、子どもの権利や人権が果たして尊重されるだろうか?とわれわれに問いかける(p. 269)。

読んで、大きく2つの点でものすごく感動した。

一つは、予想していた以上にずっと読みやすく、丁寧に書かれている論理を一つひとつ追っていけば、給特法の問題や埼玉教員超勤訴訟の考え方(や第一審判決の意義と問題)がとても分かりやすかったこと。本書が手元に届いた時点では、専門書である本書から可能な限りの知恵を得て、ゼミ生や私が関わった学生、先生がたの今を護り、一緒に教職の未来を切り拓いていく役目は、むしろこの立場にいる自分に課せられているのだろうなと考えていたが、読了後の今は先生方にもぜひ手にとってもらいたいと強く思っている。

確かに安い本ではないが、第I部だけでも買って読む価値があり、教職を志す学生や小中高の教員は全員知っておいた方がいいことが書かれている。国立学校準拠制を離れた2004年以降の東京都の実態は、暴動が起きてもおかしくないレベルで凄まじい。以前と比べて生涯給与が約1800万円から2500万円以上引き下げられていたことをどのくらいの人が知っているだろうか。「評価に連動した制裁としての給与制度が存在するなかで、教師たちは善意によって自ら欲して仕事をしているというよりも、管理と評価という強制力のもとに働かされている」(p. 69)という状況を、子どもを預ける保護者もその周囲の人も、事実と実態を通じて(冒頭の問いかけにつながるのだから)わがこととして受け止めるべきだ。

第II部、第III部は議論が専門的なところに及ぶためやや難解で、法律の議論に慣れていない者が読み進めるのはしんどいかもしれない(ポップアップでその都度、労働基準法や給特法の条文が上に表示される仕組みがあればいいのになあと思う)。だが、読んでいて随所で感じるのは、これこそ教員は自らや同僚を守るために知っておくべきことではないかということである。

本書は「教員の無定量な労働時間は、給特法の特殊ルールのみが問題なのではなく、教員が自らの労働条件や業務に対して一切意見表明ができないという当事者排除の構造にこそ問題がある」ということを、「戦後教育改革によって形成されてきた教員給与の法的仕組みや、そこで除外された教員の労働基本権をめぐる問題」の検討を通じて明らかにしようとしている(p. 10)。

私がもう一つ感動したのは、この「労働基本権」にとことん立脚し、立法趣旨の議論や判例、法解釈を一つひとつ重ねて、給特法問題の出口を展望しようとする本書の貫徹した姿勢である。学術的議論の模範といっても良いし、こうして論理的に批判を積み上げる教育法学ってカッコいいな!と思わせてくれる。

「給特法上はあくまで公立学校教員の時間外労働の扱いをめぐる特例ではあるが、適用除外されるのは、時間外労働の割増賃金について定める労基法37条のみで」、「つまり同法32条にもとづく1日8時間、週40時間の労働時間規制や、この規制対象となる『労基法上の労働時間」の概念になんら変更を加える趣旨ではない」(p. 86)。つまり、教員だって労基法や憲法に護られる存在であり、「給特法」はそれをオーバーライドするものではないのだ。「超勤4項目」と呼ばれる限定的な状況についてのみ「三六協定」なしの時間外勤務が認められるという話であって、「1日8時間、週40時間の労働時間規制」を無視していいということでは全然ない。当たり前のことだが実態は当たり前ではない。当たり前のことだが、当たり前のことを当たり前にするためにとても重要だ(学生からアルバイトの話を聞いていつも話すことだが、学生時代に最優先で学ぶべきはやはり労基法だ)。

「1日8時間、週40時間の労働時間規制」を超えるなら残業代を支払え(その支払いを抑止力として超過勤務が生じないようにさせよ)ということになるのだが、本書の議論はそこにとどまらない。「(中略)教員の労働時間に関しては、民間労働裁判において採用されてきた『労基法上の労働時間』概念が適用されることがまずもって必要であるが、(中略)給特法や給与体系の見直しは、単に無定量となっている教員の時間外労働をいかに経済的に補償するか、という観点からのみで考えるべきではない。そもそも時間外勤務を余儀なくされている構造自体の是正、さらには(中略)裁量労働時間の確保と併せて検討されなければならない」(p. 217)。

授業準備、教材研究、ノート添削、保護者対応などの業務を「専門的付加価値業務」と呼ぶ議論についてはぜひ本書を参照してもらいたいのだが、そのための「裁量労働時間の確保が、教員に固有な勤務時間管理のあり方として求められ」、この裁量労働時間の標準時間が「学校現場の英知や、教育学的考察、さらには労使合意のもとに確定されるべき時間」(p. 216)だと本書は訴える。あとがきの言葉を借りれば、私はこうした議論に、髙橋さんがいかに学校を大事に思っているか、そして教師に、教育学に「追い風」を送ろうと努めているかを感じずにはいられない。授業研究の側から教師や学校を手助けする者として、終章の末尾の言葉を噛み締めた。

法律、あるいは教育法学はニガテという人にこそ手に取ってほしい一冊。

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