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共同研究者として関わる附属小学校の授業について、「考える防災 英語で実践」という記事が10月21日付静岡新聞朝刊に掲載された(今のところネット版のアップは無し)。「留学生への防災劇発表」という野心的な6年生の単元について、私の観察として、(1)良かったこと、(2)挑戦したこと、(3)難しかったこと、(4)考えるべきことを述べる。

授業が行われたのは奇しくも台風で静岡が結構な停電被害を被った直後で、6年生が市街地や周辺観光地の写真を見ながら、台風や地震の際に起こり得る危険性を英語で語り合った。と書いているだけでも高校・大学の授業の話のようだが、間違いなく小学校での実践だ。私は、授業者の先生の野心と行動力、子ども理解と細やかな工夫に抜群の信頼を置いている。その熱い想いに応えた33人が緊張の中、ひたむきな姿を見せてくれた。さらにこの単元を通じて、間接的ながら同僚の藤井基貴先生とコラボできたことも嬉しい。研究につながっていけばさらに素晴らしい。

(1)何が良かったか

上記の通り、本時の授業で求められることは認知的にも英語表現的にも極めて高度で、そこに自分たちの気持ちをうまく乗せることができず、対話相手とうまく交歓できない不全感がそこかしこで見られた。Good Time (Owl City & Carly Rae Jepsen)をあれだけキレイに歌いこなす集団だけに、そのもどかしさが見える度に気になっていたが、一方で、本時の終わりに書かれた児童の振り返りを見ると、「覚えたことが言えた」、「前回はうまく言えなかったことが今回は言えた」という感想が複数見られた。教えてもらった表現を一生懸命再生するそれは、創造的な言語使用と言えるものではなかったかもしれないが、授業は子どもの喜怒哀楽・手ごたえ歯ぎしり・ワー!ふーむ!へ〜!のためにあるのだから、これも外国語を学ぶ過程の一つの重要な達成に違いなく、小学校の場合特に、それが結構重要な位置を占めているのだと改めて気づかされた。体育の時間に、練習してできるようになった逆上がりがその通り披露できたような、跳び箱を飛ぶ順番が来て緊張しつつもちゃんと飛べたような、そういう感覚が外国語学習にもあるんだよなという、ある意味で当たり前のところなのではあるが。

(2)何に挑戦したか

協議会でのやりとりを聞いていて改めて実感したのは、この単元は、単に英語の授業で防災を扱ったということにとどまらず、他者意識やコミュニケーション観の変容を児童に迫るものだということである。現在のところ小学校英語は自分を中心に置いたI/youの世界で構成されており、児童はとにかく自分の(言いたい)ことを相手に伝え、それと同じトピックについて対話相手の(言う)ことをなんとかして聞くことがベースとなっている。しかし本単元は、そもそもが(地震や台風の経験に乏しい)留学生のためであり、防災について学んだことは自分や家族を守ることにも繋がるとはいえ、情報や伝え方を留学生の立場に立って検討することが求められる。自分中心の発想ではなく、本時の活動では、具体的な第三者を中心において、防災劇の共演者と、想定される一般的危険性と彼らの困り感を吟味する対話を構築せねばならない。前の時間に震災経験についての熊本大学の留学生へのインタビューをYouTubeで観ることなどを通じて、児童たちの意識はそこに向いている。言語は追いついていない。“The stone walls of Hamamatsu Castle can be dangerous in earthquake or typhoon, so we shouldn’t stand under it. Also, the steps will be slippery after heavy rain. I think we should tell it to them.”というようなことを6年生がただちに言えるわけではないし、自分が小学生だったら母語でもできる気はしないが、そういう三人称的な記述と一人称複数的な予想をもとに自分の意見を述べるという高度なコミュニケーションに、半歩でもつま先でも踏み出そうとしたその挑戦自体にとてつもない意義を感じる。

(3)何が難しかったか

内容の難しさ・トピックの特殊性から、児童の知っている名詞だけでは当然言いたいことは表現できない。「石垣」、「電線」、「乾電池」、「アルミ製のシート」などなど、子どもたちの言いたい語句はWe Can!で決して見ることのないようなものばかりだ。先生はここまでの授業で「言いたかったけど言えなかったこと」を児童に出してもらって、英語ではこういう風に言うことができるというフィードバックを丁寧に返してきたし、トピックに特有の気象・避難地・防災グッズに関する語句はある程度導入してある。それ故(それ自体驚嘆すべきことではあるけれども)electric wireやevacuationを使いこなす子は珍しくなかった。必要な名詞がこれまでの単元より多いということはあったとしても、写真に写っているものを英語ではなんと言ったらよいか、ということ自体はそれほど深刻な問題だったとは思わない。

授業を観察していて私が不足と難しさを感じたのは、名詞よりも動詞だった。本時の時点では、crashを使ってくれた児童もいるにはいたが、彼らが頼れる表現は“They will fall”に限られていた。しかし、2分間でペアを交替しながら危険性を語り合う活動を観察していると、「落ちる」・「倒れる」だけでなく、「折れる」や「当たる」、「吹っ飛ぶ」、「飛んでくる」などなどの動きやニュアンスを表現したい!けどなんて言ったらいいかわからない!でも“they will fall”ではない!ううむ!というシーンに何度も遭遇した。他方、“they will fall”で言えるもののみに言及し「それしかなくない?」と行き詰まってしまうペアもあった。ある児童は“They will fall in heavy rain. ゴロゴロ, カミナリ, ブーン.”と身ぶりを交えて言った。別の児童は振り返りに「そこにいると〇〇が起きて危なくない?」と言いたかったが言えなかったと書いていた。通常の風景を写した写真には現れていない危険性だからこそ動きや様態を表す言葉が欲しくなる。本時の活動については、子どもたちの表現欲求的には、こちらの方が支援を必要としていたと言えるだろう。

(4)何を考えるべきか

協議会において、上述の活動時に、描写に集中する一方でお互いの発言に対するリアクションが薄かったことが指摘された。私が抽出して観察していた児童も、質問者“What’s dangerous?”→回答者“There are … They will fall in”→役割交替という流れは最初以外はなくなって、言いたいことがなかなか言語化できない内にペアの(主には男子)児童にマウント気味に発言権を取られ続け、2分間が終わってしまうということが続いていた。There areと書くとそれぞれの単語を認識できているように見えるが、子どもたちの中では必ずしもそうではない(英文を書く経験も結構重ねてはいるものの)。どちらかと言えばひとつながりの音のかたまりとしてそれを持っているのだ。どうやら彼女の中ではthere is, there are, they areといった表現がごちゃごちゃになっていたらしく、they is …と始めては違和感を感じて言い直そうとしていた。加えて「そこにいると〇〇が起きて危なくない?」など、本当は言い表したいことの複雑さが壁として立ちはだかる。そうしたモヤモヤとイライラで活動にやや疲れ気味の様子だったのだが、最後にペアなった児童が、彼女が危険性をなんとか指摘するたびに“Oh, very dangerous.”と応じていた。この時、彼女はわずかだが嬉しそうな反応をしていた。この活動で話していることにdangerousじゃないことはないのだが、そう言ってもらえるだけでも発言を受け止めてもらえたことがわかる。この男子児童は私のゼミでは優か秀である。

協議会では、英語授業を語る会・静岡である先生が紹介してくれたアイデアを紹介した。この先生は、相手の情報を引き出し、自分のことを表現する会話を深めるために、リアクション・繰り返す・質問する・コメントするの4観点とそれぞれに使える表現を共有し、常にそれを意識したフィードバックを返し、スピーキング・テストの評価に取り入れるなどしている。本時の活動は量と多様性の確保のために2分間×3枚の写真×2回ずつという構成であったが、この先生の観点のような「助け舟」があれば、特にリアクションと繰り返しがあるだけでも、対話の質はさらに良くなっただろうと思う。写真を見てたくさん表現することを求めるのではなく、相手の言わんとすることを引き出す“What do you want to say?”や(留学生を想定した)“What do you want to know?”を投げかけて、待ってあげられれば上述の彼女のストレスはいくらか軽減されたのではないか。

似たことを最初に思ったのは実は序盤のミニ活動の展開で、まずGuessing Gameは出題・回答が速すぎるのが気になった。もっとヒントは遊んでいいし、むしろ必ず3つはヒントを出すというルールにしてもいい。クリスマスに欲しいものを話したSmall Talkでは、欲しいものを言った後の“Why?”に対してある児童は何かを言おうとして答えられないまま終わってしまった。相手が何かしら助け舟を出せれば違ったかもしれない。役割交替して相手は、I don’t want anything for Christmas.とマライア・キャリーもビックリの回答をくれたのだが、彼女はその詳細をさらに訊くことはできなかった。ここで“You don’t want anything?!”と繰り返せば、相手に説明が促される。会話のOpening/Closingはしっかり身についている子どもたちなだけに、そういう、次の段階の潤滑油を必要としている姿があちこちで見られた。