レビュー
[本062] 神代(編)『民主主義の育てかた』

[本062] 神代(編)『民主主義の育てかた』

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ご恵投いただいた『民主主義の育てかた』を1章ずつ丁寧に読んでいる。

「はじめに」の神代さんがカッコ良過ぎで、「神代さん、カッコ良過ぎだわ〜」とそのまま繰り返して頁をめくり出したのだが、とりあえず3章までで、ものすごくthought-provokingで、急がない堅実な議論が展開されていて、著者たちの素晴らしい仕事ぶりに感嘆している。

戦後教育学において論じられてきたことの背景や意味、現在までに寄せられている批判の整理がすこぶるわかりやすく、それだけでも非常に勉強になる(私が不勉強なだけではあるが、「私事の組織化」論の説明など、これまでに出会ったどの文献よりも分かりやすい)。今後の教育学の概説的な授業は、本書をテキストにして、引用されている文献を補足しながら展開すれば良いと思う。教育学の院生の読書会にもお勧めだ。本書によって、教育学の議論の水準が何段階も引き上げられた感じがする。教育学年報11として一昨年刊行された『教育研究の新章』もそういう文献ではあったが、副題にある「現代の理論としての戦後教育学」という視点において本書のほうがまっすぐだ(『教育研究の新章』は博士課程の院生あたりが挑みかかる文献という感じ)。

扱っている概念的にも議論の構造としても、内容はどれも複雑で、教育学になじみのない者にとってはそうした解説や場の助け無しに独力で読み進めるのは難しいかもしれない。丁寧に註釈が付されているとはいえ、例えば「国民の教育権」論それ自体については第1章の解説で理解できるとしても、「井深雄二は、宗像にせよ、堀尾にせよ、『子どもの学習権』を保障する親・住民の学校参加の位置づけが弱く、それらの教育意思の組織化の制度と手続きが不明確であったことが『国民の教育権』論の歴史的限界であったと総括しています」(井深 2016: 210−211)」(p. 30)という記述を読んだ時に、ここに登場する人のいずれのことも知らず、何を言っているのかピンとこないという場合は本書を読むための読書や経験が必要かもしれない。だが「…現実の教師は、子どもの人間的発達要求にもとづく学習・教育要求と支配階級の経済的・政治的要求を背景にした国家的な教育要求との狭間で苦しむことになる」(p. 32)というのは、先日の英語授業を語る会・静岡で寄せられた「教科書が生徒の生活や経験から遠いと判断してオリジナルのダイアローグを作って授業をしていたら、アンケートで『教科書を使って授業をやってほしい』と言われた」という相談がまさにそのことだ。堀尾輝久や宗像誠也、あるいは今風の人を挙げればガート・ビースタといった教育学者の議論に触れたことがないからといって読めないわけではないと私は思う。というより、本書から広げて学んで行けばいいのだ。ぜひ学生・院生や若い先生、研究者に広く読まれて欲しい。

各章の詳しい紹介は別の機会に譲るとして、神代さんの言葉を借りると本書の「めあて」は、「現在進行形の教育改革のなかで『適応』を競うわたしたちは、むしろだからこそ、それらを問い返すための理論的足場を必要としている。そしてその理論的足場の可能性が、戦後教育学の蓄積にはある。だから、そうした教育の現在を考えるための足場を求めて、いまだ全容を概観することもままならない戦後教育学について、少しでも見通しをよくすること、そしてそのうえに、『歴史において最良』と言えるような新しい教育学を展望すること」である(p. 8)。ほらカッコ良過ぎる。

余計にそう思うのは、ここ数ヶ月、後輩との読書会で苅谷剛彦さんの『追いついた近代 消えた近代: 戦後日本の自己像と教育』を読んできたから。総論には同意できるとしても、社会構築主義的な言説分析という割には、結論ありきの構成での恣意的な資料選択があちこちで気になるし、大田さんや堀尾さんを持ち出しては「主流派教育学」と一括りにして(否定すべきもの、あるいは二項対立的な発想に囚われた学説・学者として)雑に扱うのがどうにも納得いかない(そんの割には天野郁夫とR. P. ドーアだけ特別扱いだなオメーはヨ!とカミナリのツッ込みを入れたくなる)。まさに神代さんがp. 11で書いている通りで、苅谷さんあなたもか…と哀しくなってしまう。本書があって本当によかった。第1〜3章だけでも、何となくの違和感で「雑だ」と言って終わるのではない、具体的な反論を可能にしてくれる。

あと1週間ぐらいかけてこの素晴らしい仕事ぶりを味わっていくつもりだが、『流行に踊る日本の教育』とは逆で、著者に教育方法学者がいないことが功を奏しているのか、それとも教育方法学者がいたらさらに奥行きのある仕上がりになっていたのか、いつか、だいぶ先の未来で飲み会の肴にしたいところだ。

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