レビュー
[本077] 東畑『心はどこへ消えた?』

[本077] 東畑『心はどこへ消えた?』

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このクオリティで週刊で連載していたのはすごいと思う。週に一度、小気味の良い文章でカタルシスを感じる分にはちょうど良さそう。

しかし、こうして単行本として読むには、狙い過ぎの文章が私は好きになれなかった。同じ著者の『居るのはつらいよ』ほどお薦めしたいとは思わない(『居るのはつらいよ』についてはこちら)

言葉遊びや小ネタということで言えば、ちょっと前に言及した『言語学バーリトゥード』にもそれはてんこ盛りなのに何が違うのだろう、と自分でも不思議で考えてみる。おそらくは対象の違いによるものだろう。

『言語学バーリトゥード』が扱っているのは言語現象(の担い手にフォーカスが当たることもあるが、基本はことばそのもの)だから、そこに遊びや虚構が混ざろうと、ことばや分析が本物であればそれで良い。川添さんの趣味や性格が文章のエンターテイメント性を高めるが、言語のメカニズムを川添さんがこしらえたり、遊びや虚構で歪めたりしているわけではない。

他方、『心はどこへ消えた?』は心理士がカウンセリングルームのエピソードを引きつつ「コロナ禍の心」を綴った本だ。しかし、実際のカウンセリングの内容をそのまま公開するわけにはいかないこともあって、東畑さんの幼少期や個人的エピソードでおもしろおかしく「構成」されたお話に付き合うことになる。

どの回にもだいたい最後に、心理士らしいものの見方や読者をハッとさせるような洞察が置いてあるわけだが、その狙いが少なくとも私にとっては作為的過ぎる。全てが虚構に埋め込まれた体裁であるが故に、分析自体も「うまいこと言いたかっただけでしょ」感が強くなってしまう。

どこまで本当かはともかく東畑さんがある種のピエロとなって自己開示をし続ける文体は、それ自体がカウンセリング的な性格を持っていると言えるのかもしれない(カウンセリングに詳しいわけではないので定かではない)。もしそうなら、今の私にはそれが必要ないということで、一方で本書で癒される人もいるのだろう。『居るのはつらいよ』の場合は著者の実体験に基づくエスノグラフィー的な性格がその文体とマッチしていたと思うのだが。

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