[雑感105] 2021年度をふり返る(原稿・発表編)

[雑感105] 2021年度をふり返る(原稿・発表編)

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2021年度にした仕事について(原稿・発表編)。

「教授」になった途端、偉そうなことだけ言って全然書かないのはカッコ悪いと思い、量的にはちょっと気張って書いた。

「COVID-19下の教育課程と授業づくり」という特集の中で、Thornbury and Slade (2006)の会話(conversation)の定義をもとに、コロナ禍におけるコミュニケーション(活動)のあり方を考えるために、これまでのコミュニケーション活動の前提が外国語科の目的・内容・方法に照らして妥当だったと言えるかを検討した。「コロナ(禍)」という言葉をタイトルに冠したり、それ以前の授業の姿をいたずらに称揚するのは絶対に嫌だった。結果として、石井(編) (2021)の拙稿を別の角度から詳述することができた。

中部地区英語教育学会(CELES) 2016年度課題別研究プロジェクトに端を発し、その後科研費・挑戦的萌芽研究を経て、現在、基盤研究(B)の助成を受けている研究課題の成果。メンバーは異なるが、さらに言えば、CELES 2011年度課題別研究プロジェクトの成果『はじめての英語教育研究』の後継(と私は思っている)。もう少し早く出版すべきだった(できた)と感じる部分もあるが、2020年度に実施した座談会の編集は、コロナ禍でなければ逆に進まなかったかもしれないとも思う。

私は、「はじめに」とその座談会の「補章」、そして第4章を担当し、全体を取りまとめた関係で筆頭著者となった。第4章では、Norris & Ortega (2000)以降の明示的文法指導の再分析を行なった自身の研究を例に、メタ分析の調整変数とアウトカムを測る従属変数について論じた。「外国語としての英語教育における文法指導論を包括的に論じた本が書けたとすれば、SLAの文法指導研究も一通りレビューしておかないとな」と手を出して国際学会で発表するまでに至った研究を自分なりに成仏させられた。

  • 亘理 陽一 (2021).「英語教育研究の当たり前を見直す」『英語教育』70(11), 22–23.

英語教育のエビデンス』の刊行後に、第1特集「[好評連載スピンオフ企画]指導・学校・研究…もっとあれこれ 英語教育の当たり前を疑う」の記事の一つとして名前を挙げていただいて寄稿したもの。「『英語教育』の改善のための調査です。次の質問にお答えください」と始めて、2ページの紙幅で英語教育研究っぽさを疑い、外的妥当性・内的妥当性、従属変数・独立変数の問題を駆け足で指摘した。

意地悪な記事ではあるが、コンパクトに『英語教育のエビデンス』の複数章の内容に触れられたので自分としては満足しており(反響は特にないけれども)、それ以上に欄外でゼミの公式YouTubeチャンネルを宣伝できたことを喜んでいる。

本書ができあがった経緯は、大津先生の「まえがき」を読んでもらうほうが早い。2004年から2009年にかけて慶應義塾大学出版会から刊行された大津(編)の4冊から12編を選び、各論考の著者による現時点での付記を加え、それに「大津のひとこと」(大津論考には亘理のひとこと)を加え、「編者の視点」論考で挟んだReadings。私は、上記の「ひとこと」と、児童英語教育学会も小学校英語教育学会も会員ではない立場を活かして、誰に気兼ねすることもなく、編者の視点Ⅱ「あとさきを批判的に考えて研究・実践を」を書いた。

本書の完成までにはそれなりの紆余曲折があったのだが、ともあれ、4冊本を再読し収録論考を2人で選ぶ作業も、出版会のチーム小磯との度重なるやり取り・打ち合わせも、これまでの本作りで経験したことのないユニークな時間でとても楽しかった。『小学校での英語教育は必要か』の頃は元となったシンポジウムを遠い世界の話のように眺め過ごすしかない北海道の野良院生だった私がこうして大津先生と編者に名を連ねるまでに至ったわけだから、人生本当になにがあるかわからない。

「人生本当になにがあるかわからない」という意味ではこちらもそう。『教育学研究』はおろか『教育方法学研究』にも論文を載せたことのない私が、『教育心理学年報』に論文を持つとは。末席を汚させていただいたことに感謝するより他ない。

2019年の日本教育心理学会第61回総会自主企画シンポジウムに基づく、「メタ分析や,メタ分析で得られた結果を多数収集し、メタ分析と同様の手続きでさらなる統合的見解を導く分析(スーパーシンセシス)といった、研究知見の統計的統合が、学術的な教育研究の持つ現象理解と理論形成、社会的要請への応答という二つの役割に対して果たしうる寄与」を論じた紙上討論。私は「教育研究的含意のある調整変数を推しはかる: 外国語学習における明示的文法指導の効果」という題で、『英語教育のエビデンス』第4章でも触れた内容を事例の一つとして報告した。

  • 亘理 陽一 (2021).「『主体的に学習に取り組む態度』の評価が問いかけるもの」『月刊クレスコ249, 12–17.

2020年度に雑誌『教育』に寄稿した拙稿を読んだ編集担当の方から依頼を受けて寄稿したもの。総論の役割を意識した結果、英語教育の話が一切出てこない、私が書くものとしては稀有な原稿となった。『教育』の拙稿ではSFをもじった、ややこしい節題を付していたが、こちらは「そもそも主体性を評価されたいか」、「全てに対して主体的でなければならないのか」、「絶えず、何度も評価して意味はあるか」、「子どもに主体性を求められるほど主体的に教えているか」とかなり直球で攻めた。

  • 亘理 陽一 (2021).「露わになったこと、見直されたこと、見過ごされていること: 教育方法学から見た『学びの保障』」『日本教育行政学会年報』47, 194-197.

2020年度の同学会大会の課題研究に招いていただいた報告に基づく。上と同じく英語教育の話は一切出てこない(ただし、昨年の学会発表時には事例として挙げた)。「全国一斉休校」に対する2020年時点での沸々とした怒りが刻印されている。

「一斉休校時にオンライン化の対応が進んだように見えるものの、教員によりその活用経験やスキルに差があるだけでなく、1年経っても学校のネットワーク環境等が十分整っておらず、授業で教員が利用できる端末整備の目処も立っていないという状況も散見される。これまでもそうであったように、そうした理念と実態の乖離のしわ寄せが教師に降りかかっていることも見過ごされてはいけない」(p. 197)というここでの指摘は、残念なことに2年経っても変わらず当てはまる。

  • 亘理 陽一 (2022).「エンハンスメントとアダプテーション: デジタル・テクノロジーによる主体性の行方」『教育学の研究と実践』17, 14-22.

2021年9月の第57回日本教育方法学会大会・課題研究Ⅳ「1人1台端末は学校をどう変えるのか」での報告に基づいて寄稿したもの。前に同誌に掲載されたのが2011年で実に11年ぶりということになるが、招待論文ながらちゃんと査読もしてもらえて有り難かった。年報フォーラム「コロナは教育に何をもたらすのか: 希望と困難」の先頭を飾らせていただいたが、他の論文が全て「コロナ(禍)」を冠しているので、日本教育方法学会の論考に続き、私のそれを忌避する姿勢が際立っている。

ベンヤミンの『パサージュ論』をモチーフに、イリイチやアガンベンに示唆を得て、「GIGAスクール構想」やICT文房具論を批判的に検討し、より広く、教育における(デジタル・)テクノロジーの利用、あるいは教授・学習支援ツールの果たし得る役割という観点から現状と課題を論じた。

  • 常名 剛史・亘理 陽一 (2022).「現代的課題を解決するCLIL授業での児童の意識の変容: 小学校外国語教育と環境教育の総合実践」『中部地区英語教育学会紀要』51, 65−70.

2020年に小学校3年生を対象に実施した、「Where is the rubbish? SDGs 14 海洋プラスチックごみをへらそう」と題する、問題解決的な学習と内容言語統合型学習の枠組みを統合した単元の実践報告。単元終了後の児童の振り返りの記述と対話場面でのやり取りの内容分析・談話分析を行い、児童の意識の変容を捉えることを試みた。と言っても、授業のデザインは当然、常名先生によるもので、私の関わりは共同研究者としての監修的立場に留まるけれども。下記の通り、異動しても頼っていただいて、附属浜松小中学校との関わりを続けることができているのは大変ありがたいことである。

  • 亘理 陽一 (2022).「リクツで納得!学校英文法の『文法』9: In what sense can you count on it?」『TEN』.

しばらく間が空いたが、連載第9回はEd Sheeranの『=』に収録された”First Times”を糸口に名詞の可算・不可算の理解を深める解説を試みた。秋学期に学生のリクエストで、洋楽・映画・TEDを教材とするリスニング特別授業を毎週実施していたので、リスニング・ポイントを抽出する過程で昨年度、全面的に洋楽に寄せて展開した授業以上に歌詞を吟味したおかげで生まれた記事。

 

その他、学会誌の書評原稿を1本書き、このWebページで53冊の本の紹介またはレビューを書いた。投稿時期に当然ムラはあるが、単純計算で週に1冊は紹介できたことになり、本を以前より多く読めた一年だったと言える。

今年度はオンライン開催の学会参加を見合わせることに決めていたため、研究会での発表2件を除けば、学会発表は1件のみで、上記の『教育学の研究と実践』寄稿論文に結実させた。研究会での発表原稿も整えてその内どこかに投稿する。読書会では3回報告を担当した。

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