[本052] 石井・近藤(編)『英語教育における自動採点』

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ようやく読む時間ができた

は、ちょうど2021年3月号の大修館書店『英語教育』誌に住先生が書評を書かれていて、私が紹介する必要ないですなこりゃ、と思ったものの。

それほどぶ厚くはないものの、決して簡単に読める本ではない。必ずしもライティングの指導・評価、あるいは自動採点に詳しい必要はないが、ライティング評価と正確さや流暢さなどの言語的指標のメタ分析を仔細に論じた章も、深層学習に基づくエッセイ自動採点を解説してくれる章も、そして具体的な事例とともに自動採点研究の歩みを述べた章も、言語(教育)研究にかかわる諸概念や研究手法についてそれなりの前提知識を求められる。

この領域の概観が得られて(全てを十分に理解できたとは思わないが)、私のような立場のものにとってはすこぶる有り難い一冊であるが、当該領域を専門とする者でなければ、博士課程の院生辺りがようやく立ち向かえる、できれば詳しい人の解説付きで読むことが望ましい、中上級者向けの一冊と言えるだろう。

一方で私は、特に前半の4章までを読みながら、こうした内容をどうやったら分かりやすく小中高大の英語の先生がたに伝えられるだろうか、ということを考えていた。それは、各章が先行研究の知見を端的に整理しながら各トピックの現状と課題を示してくれているからに他ならないが、ライティングの自動採点がどういう原理に基づいて行われるもので、その精度を向上させるために何を考えなければならないのかということの考察は、その裏で、非自動採点、すなわち未だ自動化されていない、あるいは原理的・現実的・教育的理由で自動化され得ない採点がどういう現状にあるのかが絶えず問われるからだ。もちろんその「精度」もである。

例えば中高のライティング指導が依然として正確さや、語彙的・統語的複雑さを観点とするものに偏っている現状からすれば、流暢性の予測力が最も高い(故にそれを伸ばす指導にまで踏み込む必要がある)ことを明らかにした第3章の内容はすぐに伝える価値がある。他にも”I like XXX. I have three reasons. First, …”のような稚拙な「型」指導が少なからず横行する現状にあっては、第4章のメタ談話標識のリストなどを教師がフィードバックの手の内に持っていて損をすることはない。さらには大学入試改革の一連の議論の中ではアメリカのSATなどを引き合いに出す議論も少なからずあったと記憶するが、「アメリカの大学入試では『共通テストのエッセイ』を要求しない傾向にある」(p. 132。つまりSAT/ACTエッセイ部分のスコア提出を求めない)という事実を指摘する出羽守はなかなか現れてはくれないように思う。大局を見誤らないために、そういうトレンドを把握することも重要だろう。

しかし、だがしかし、「自動採点のモデル」としてつるっと「ロジスティック回帰モデル」などが登場してしまうと(授業で学生に提示してきた経験からすれば、その前の二項分布の数式からもう辛いと思うが)、このままでは先生方には箸をつけてもらえないだろうなと感じてしまう。しかしよく読めばそれほど複雑な原理というわけではなく、理解できればむしろ納得感でスッキリするようなものだ。一体どうしたらいいのだろうか。

ということで、おそらく自動採点研究者界隈にとっても重要文献の一つになっていくのだろうが、Bachman and Palmer (2010)的な枠組みに触れも理解もせずに評価行為が繰り返されている非自動採点の現状と課題を考えるためにも本書を薦めたい。そして著者たちに解説本をリクエストしよう。

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